緒口いとぐち)” の例文
この緒口いとぐちに、お仙の話を匂わせてみようかと、治郎吉は、次のことばを喉まで出しかけたが、やっぱり、人がいては、まずい気がした。
治郎吉格子 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
話の緒口いとぐちだけでも聞くと母は真っ蒼になって怒りに慄えました。「止して下さい、貧乏くたい話は」それで流石の父も口をつぐみました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
磯五郎はあんなに金に困つて居るから、三日前に手に入れた三十兩をつかはずに居る筈はないと思つたのがそも/\疑ひの緒口いとぐちだつたよ。
「火事だ?」と口々に尋ねたが、これは事件ことがら緒口いとぐちを引出そうとするに過ぎない、皆々は云うまでもなく、その間の消息を解していた。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それを見惚みとれて、砂塵の風のなかで立つて居る子供の彼自身が、彼の頭にはつきりと浮んで来た。それが思ひ出の緒口いとぐちになつた。
この二つが自ら事件を暴く緒口いとぐちを作ったようなもんだからなあ——ことわざに云わずや、それ、過ぎたるは及ばざるにかず、とね、あははははは
亡霊ホテル (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
これだけの緒口いとぐちを考えつくと僕は、急に愉快になって寝台から飛び降りた。僕の頭は梅雨期を過ぎて初夏のが輝いたかのように爽々すがすがしくなった。
吊籠と月光と (新字新仮名) / 牧野信一(著)
ほんとにおかしな人達やわ、と芸者は話の緒口いとぐちを見つけたように、あんな変な人達と色んな話をするなんて骨が折れますな、と取りなし顔に云った。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
途中で話の緒口いとぐちを忘れた余は、再びそれを取り上げて、矢鱈やたらな区切から改めて読み出す勇気を鼓舞しにくかったので、つい夫限それぎりったようなものの
と、雪之丞は、兄弟子が出世の緒口いとぐちを、首尾よく掴み得たのを喜ぶというような、く気軽な挨拶で受けた。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
さすがの聡明そうめい第一の大師も、酒の量は少かった。其が、今日は幾分いけた、と見えて、話が循環して来た。家持は、一度はぐらかされた緒口いとぐちに、とりついた気で
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
しかしホセは急に黙り込んでモジモジと中腰で椅子にかけながら、クタクタの帽子をの中で揉んでいるだけで、なかなか話の緒口いとぐちを切ろうともしないのであった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
そこで彼はふたたび新井田氏をそっちのけにして、行きづまった計算の緒口いとぐちをたぐりだしにかかった。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
プラスであろうとする側のもので緒口いとぐちがついた人的交渉をも、マイナスのもので潰して結局健全な部分(人間的にも文学的にも)からは全く離脱してしまう道どりは
彼は対手あいての訪問理由を臆測するのに苦しみながら、無理にも話の緒口いとぐちを見つけた。
正義 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
そこで此奴こやつは疑わしいという話を仕掛けられて花に花が咲いては困る事が起るであろうからと気遣って、私はじきに話の緒口いとぐちを開きました。それはゲロン・リンボチェの事を言いました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
自分たちはみんな同じような気持で同じことを考えていて、誰れかが話しの緒口いとぐちをきるのを待遠しく思っていたかのように見えた。そこへ、この言葉が落ちてきたんだ。勿論それは反響こだました。
「大きな礁じゃ、そう早くもいくまいが、緒口いとぐちが立てば大丈夫じゃ」
海神に祈る (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
余の心が他の女に移る緒口いとぐちだと見たのでも有ろう、唯機嫌の好いのは余一人だ、三人三色の心持で、卓子ていぶるに附いて居ると、松谷秀子は、真に美人で無くては歩み得ぬ娜々なよなよとした歩み振りで遣って来た
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
龍之介は話の緒口いとぐちをきってみた。
謎の女 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
とは、いて訊いてみる気がしなかった。そんな緒口いとぐちから、佐渡とのあいだに、武蔵の名が話に出ることは、好ましくない。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「あなた方内地の女性に向って、ふだん考えめていたことを、話し出せそうな緒口いとぐちが見つかったようになって、おわかれするのは惜しいものです」
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
この馬鹿馬鹿しい幽霊退治が、どんな大事件の緒口いとぐちになるか、ガラッ八は素より、平次も知る由はなかったのです。
荷物も無し人もいないのに、吃水はまるで貨物満載の船ほど深くなっているんです、——それが発見の緒口いとぐちでした。
流血船西へ行く (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
彼女の性質は嫂とは全く反対なので、こう云う場合には大変都合が好かった。いったん緒口いとぐちさえ見出せば、あとはこっちで水を向ける必要も何もなかった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
隠居は、それからそれへと、闇太郎から、これまでの、冒険的な生活の、告白を聴きたがって、話の緒口いとぐちを、手繰たぐり続けていたが、ふと、平馬の存在を思い出したように
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
これに色んな聯想れんそうもつき添うとすれば、奇蹟談の緒口いとぐちにもなりそうなことである。
山越しの阿弥陀像の画因 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
私の発展させていくべき仕事の緒口いとぐちをここに定めておくつもりであり、また私たち兄弟の中に、不幸に遭遇して身動きのできなくなったものができたら、この農場にころがり込むことによって
小作人への告別 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「暫くの別れは互の希望の門出で、幸福の緒口いとぐちなのだ。」
喜びと悲しみの熱涙 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
こうつぶやいたら、向うでそれを緒口いとぐちにして、なんとか声をかけて下さりはしまいか——というはかない頼みの溜息ためいきなのである。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と彼はここでひと言、ひとりごとをいつた。彼は元通りきちんとすわつて、考への緒口いとぐちに前の考への糸尻いとじりを結びつけた。
上田秋成の晩年 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
東京から釣りに来た客達が寒そうに舟の中でふるながら沖へ沖へと出て行った。「田沼」を三度書き直した。今度はどうやらうまく緒口いとぐちをみつけたらしい。
これが娘お菊の出世の緒口いとぐちになって、思いも寄らぬ玉の輿に乗るかも知れないというのは、娘に力を落させないための口実で、実は世間の評判通り、一年の奉行ほうこうの後
自分は三沢との間に緒口いとぐちのつきかけた談話はこれでまた流れてしまった。二人は彼に導かれて喫煙室に這入はいった。煙と男子に占領された比較的狭いそのへやは思ったよりにぎやかであった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼も容易に糾問きゅうもん緒口いとぐちを逃がさなかった。御方は新九郎がやや嫉妬めいて、ここまで口をいて来たのを、思う壺まで手繰り得たものとして
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蔭ながら誓ったこともあだとなり、薬も満足に与えられぬ貧苦の中で、衰え果てたままそなたは死んだ、——そして今日になって、出世の緒口いとぐち、そなた亡き今となって
おもかげ抄 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
これが世にも不思議な事件の緒口いとぐちにならうとは、もとより平次も八五郎も知る由はありません。
だから、離れ座敷の娘が私に親しみい素振りを見せるに気が付いても一向珍らしいことには思わなかった。仕事でも片付いたらゆっくり口が利ける緒口いとぐちでもつけてやろう。
健康三題 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
いよいよ事始める緒口いとぐちを開くように事がきまった時は、長い間おさえられたものが伸びる時のたのしみよりは、背中に背負しょわされた義務を片づける時機が来たという意味でまず何よりもうれしかった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「何かと、お世話でござった。それでは早速、拙者もその奈良井の大蔵とかを、尋ねて参ろう。——お蔭でかすかながら、緒口いとぐちほぐれて来た心地がする」
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
会ったらなにか事情がわかりはしないか、精しいことはべつとして緒口いとぐちだけでも……そう考えて来たのだが、平太夫はなにも云わず、硬い表情でむっと黙ってしまった。
日本婦道記:藪の蔭 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
話は全く豫想外ですが、平次の胸には始めてこの恐ろしい疑問を解く緒口いとぐちが見付かりました。
葛岡は、胸に溜まっていた誰にも話せない鬱積を漸く吐き出す緒口いとぐちがついて来たので、とても元気が出たらしく、出た最初の皿をいかにも美味おいしそうに食べながら話し続けます。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
もっとも、それには実は、彼を十七歳の頃から知っている或る女に出会ったのが、手がかりの緒口いとぐちとなったのですが
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そしていま笛を吹きながら、かれの胸裡にはすでに、その緒口いとぐちがひらけかかってさえいた。
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
八五郎は雀躍こをどりしました。秘密の緒口いとぐちはこゝからほぐれて來さうです。
彼が迫れば蛇の如くんで逃げていたお蝶が、自分からここへ来てから真向きに坐る気持は、何としても、唐突で、にわかに言葉の緒口いとぐちが見つからない。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
八五郎は雀躍こおどりしました。秘密の緒口いとぐちはここからほぐれて来そうです。
「そろそろ緒口いとぐちがみつかるぞ!」
幽霊屋敷の殺人 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
話は、こんな緒口いとぐちから始まったのである。いやむしろ外記がこんな緒口を自分でつくって、自分の話したい本心をひらき出したといったほうが適切かも知れない。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)