紅蓮ぐれん)” の例文
グズグズしている間には穴蔵のものが、紅蓮ぐれんの舌さきに焼き殺されてしまう。鏡の口が開いたので、火の早さは一さんになるであろう。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
他所よその火事は大きいほど面白い」という顔つきで、紅蓮ぐれんの焔を吹きあげながら、なおも燃えひろがって行く日若座を眺めている。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
油倉庫の火事だけあって、どッどッと立ちのぼ紅蓮ぐれんの炎の勢の猛烈さ。しかしこれを感心してみとれていることはできなかった。
深夜の市長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
と、雲水の僧は、やおらかたえの囲炉裏いろりの上へ半身をかがめた。左手に右の衣袖を収めて、紅蓮ぐれんをふく火中深くその逞しい片腕を差し入れた。
閑山 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
幸ひ有明の行燈の灯がまだ消えず、そびらに迫る焔は、時々紅蓮ぐれんの舌を吐いて、咄嗟の間ながら、疊の目まで讀めさうです。
ところが敵は昇らなかったが、猛火がこの大仏殿に燃え移った。火の手は大仏殿を包んだとみるやどす黒い煙が噴き出し、やがて紅蓮ぐれんの焔をあげた。
紅蓮ぐれんの炎のなかに佇立ちょりつする諸々の像が、まさに熱火に崩れ落ちんとして、最後の荘厳を現出したであろう日を思う。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
地獄の底から紅蓮ぐれんの焔を噴くように、真っ赤な火のかたまりが坑いっぱいになって炎々と高くあがると、その凄まじい火の光りがあかがねの柱に映って
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
娘は茶をついでにすすめる。年は二十はたちばかりと見えた。紅蓮ぐれんの花びらをとかして彩色したように顔が美しい。
河口湖 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
緋の肩衣は紅蓮ぐれんの颶風に翻へり、どつといふ寄手よせての轟き、地をなめる猛火をはらつて閃くは剣戟の冷たさ……火と煙と剣の閃光とを破つて現れたのは蘭丸!
蘭丸の絵 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
莞爾につこりして、草鞋わらぢさき向直むきなほつた。けむり余波なごりえて、浮脂きら紅蓮ぐれんかぬ、みづ其方そなたながめながら
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
それは一帖の屏風の片隅へ、小さく十王を始め眷属けんぞくたちの姿を描いて、あとは一面に紅蓮ぐれん大紅蓮だいぐれんの猛火が剣山刀樹もたゞれるかと思ふ程渦を巻いて居りました。
地獄変 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
死ぬまで大芝居おおしばいを打って、見事に女優としての第一人者の名を贏得かちえていった。乏しい国の乏しい芸術の園に、紅蓮ぐれんの炎がころがり去ったような印象を残して——
松井須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
下には紅蓮ぐれんの台があって、ゆったりと仏の体をうけ、上からは暗緑の頭髪が軽やかに全体を押える。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
乾き切っていたところと見え、前脚にメラ/\とたちあがった火が、めずるように胴のほうへ這って行き、またたく間に大きな象の身体からだ紅蓮ぐれんの焔でおし包んでしまった。
色は赤く、紅蓮ぐれんのように金色こんじきを帯びてかがやき渡りますけれど、その火は熱くありませんでした。それは紅蓮と、金色とを流動して見せる、かぎりなき池でありました。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
紅蓮ぐれんの魚の仏手にすくい出されて無熱池に放されたるように我身ながら快よく思われて
良夜 (新字新仮名) / 饗庭篁村(著)
監物は忌いましそうな顔をして、膳の上の盃を執ってぐっと一呼吸ひといきに飲んで、また不動の方に眼をやった。赤い紅蓮ぐれんのような焔が不動の木像を中心にして炎々と燃えあがって見えた。
不動像の行方 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
近衛このえの町の吉田神主の宅にも物取りどもが火を放ったとやら、たちまちに九ヶ所より火の手をあげ、折からの南の大風にあおられて、上京かみぎょうの半ばが程はみるみる紅蓮ぐれん地獄となり果てました。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
夜半突然火を発した天主堂が、紅蓮ぐれんの炎をあげて最後のピリオドを打っている。
長崎の鐘 (新字新仮名) / 永井隆(著)
その高い通路の上を今、こけつまろびつ、小山の陰になって、見えつ隠れつ、全身いき不動のように紅蓮ぐれんの焔を上げた三人の男女が、追いつわれつ狂気のようになって、走り狂っているのであった。
生不動 (新字新仮名) / 橘外男(著)
ほんものの悪性の焔が、ちろちろ顔を出す。かたまった血のような、色をしている。茶褐色である。とげのある毒物の感じである。紅蓮ぐれん、というのは当っていない。もっと凝固して、濃い感じである。
春の盗賊 (新字新仮名) / 太宰治(著)
漕ぎかへる夕船ゆふぶねおそき僧の君紅蓮ぐれんや多きしらはすや多き
みだれ髪 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
精魂たましひここに紅蓮ぐれんの華とぞ
独絃哀歌 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
ただ紅蓮ぐれんの焔であった。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
紅蓮ぐれんの焔を眺めつつ
新世紀への伴奏 (新字新仮名) / 今野大力(著)
紅蓮ぐれんの焔しづまりて
天地有情 (旧字旧仮名) / 土井晩翠(著)
乳ぶさの子も、たもとにしがみついている子たちも、みな振りすてて一人の子を救うために、紅蓮ぐれんのうちへ駈けこみそうにも見える血相だった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ううん、美事な命中率だ。素晴らしいぞ、照準手!」船長は紅蓮ぐれんうずを巻いて湧きあがる地上を見て、雀躍こおどりせんばかりに、喜んだのだった。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
御両氏泡をくらって湯からとびだし、外を見ると、黒煙がふきこみ、紅蓮ぐれんの舌が舞い狂って飛びつきそうにせまっている。
安吾巷談:07 熱海復興 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
紅蓮ぐれん大紅蓮という雪の地獄に、まないたに縛られて、胸に庖丁をてられながら、すくいを求めてもだえるとも見える。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
近衛このえの町の吉田神主の宅にも物取りどもが火を放つたとやら、たちまちに九ヶ所より火の手をあげ、折からの南の大風にあおられて、上京かみぎょうの半ばが程はみるみる紅蓮ぐれん地獄となり果てました。
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
高さを競うほどのわら屋根が一団の紅蓮ぐれんとなるさまは、まともに見ていられないほどの物すごさだったが、村には、まだ、ポンプというものがなかったので、手をこまねいているほかはなかった。
胡堂百話 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
何分かかかってその群落を通りぬけると、今度は紅蓮ぐれんの群落のなかへ突き進んで行った。紅色が花びらの六、七分通りにかかっていて、底の方は白いのである。これは見るからに花やかで明るい。
巨椋池の蓮 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
紅蓮ぐれん焔の波あげて
天地有情 (旧字旧仮名) / 土井晩翠(著)
紅蓮ぐれんのひびき。
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
なんでたまろう。いかに巨きくとても木造船や皮革船である。見るまに、山のような、紅蓮ぐれんと化して、大波の底に沈没した。
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
突然窓から吹きだした紅蓮ぐれんの炎に、肩車担当の二警官はびっくり仰天ぎょうてん、へたへたとその場に尻餅しりもちをついたからである。
鞄らしくない鞄 (新字新仮名) / 海野十三(著)
左手に右の衣袖を収めて、紅蓮ぐれんをふく火中深くその逞しい片腕を差し入れた。さうして、大いなる燠のひとつを鷲掴みにして、再び弁兆の眼前を立ちふさいだ。
閑山 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
我が手で、鉄砲でうった女の死骸を、雪をいて膚におぶった、そ、その心持というものは、紅蓮ぐれん大紅蓮の土壇どたんとも、八寒地獄の磔柱はりつけばしらとも、たとえように口も利けぬ。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
紅蓮ぐれんのほのおをはいて、ユラユラとやぐらの頂上にはいあがるのです。
幻術天魔太郎 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
そこの黒煙には面を向けようもなかったし、砦は全面な紅蓮ぐれんの池と燃え、また、たちまち山そのものが、焼けるにまかせる山火事となっていた。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あまりにもかわりはてた無残むざんな銀座。じつは、昨夜この銀座は焼夷弾しょういだんの雨をうけて、たちまち紅蓮ぐれんほのおでひとなめになめられてしまって、この有様であった。
一坪館 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その声は見越入道が絶句した時、——紅蓮ぐれん大紅蓮とつけて教えた、目に見えぬものと同一おなじであった。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そのまえへカッと紅蓮ぐれんのほのおが渦をまくのです。
幻術天魔太郎 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
彼の大きな姿がふさがるように厨子壇ずしだんの前に坐ったとき、障壁の紅蓮ぐれん白蓮びゃくれんも、ゆらめく仏灯も、ことごと瞋恚しんいほむらのごとく、その影を赤々とくまどった。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
金魚のすぐ頭の上は水面だったが、そこには呪わしい紅蓮ぐれんの焔がメラメラと燃え上っているのだった。
火葬国風景 (新字新仮名) / 海野十三(著)
消え残る夕焼の雲のきれと、紅蓮ぐれん白蓮びゃくれん咲乱さきみだれたような眺望ながめをなさったそうな。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
万吉は、拝殿の前へ、お千絵の体をすべり下ろした。紅蓮ぐれんに巻かれた苦しさとおどろきの果てに、かのじょは意識を失っている。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とういとう提灯屋の屋根の下からチラチラと紅蓮ぐれんの舌が見えだした。杜は女の肩に手をかけた。
棺桶の花嫁 (新字新仮名) / 海野十三(著)