さわ)” の例文
さわやかな朝風に吹かれるといかにもすがすがしくて、今日こそ、何もかもしてしまおうと、日頃のおこたりを責められながら、私は
平塚明子(らいてう) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
海岸の方へ降る路で、ふと何だかわからないが、優しい雑草のにおいを感じると、幼年時代のさわやかな記憶がすぐよみがえりそうになった。
苦しく美しき夏 (新字新仮名) / 原民喜(著)
鼻の先がつかえる狭い路地の中へも、金粉をき散らしたような光が一パイに射して、初夏のさわやかさが、袖にも襟にも香りそう。
これではまるで押籠おしこめ同様だ、そう思った、想いは暗く、光りも希望もなかった、窓からは晴れてさわやかに風のわたる空が見えた。
野分 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
叔父さんの亡霊にすぎないのさ。叔父さんと縁を切るのだよ。バッサリと。じゃ眠らせて下さいよ。少年貴族はさわやかに笑うのである。
青い絨毯 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
清水の湧くようなさわやかな気分に打たれますけれども、お銀様の姿のひらめくのを見ると、ゾッと、身の毛が立つような思いをします。
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
岩鼻に蹲居しゃがんでさわやかな微風に頸元くびもとを吹かれながら、持前のヒポコンデリアに似た、何か理由のわからない白日の憂愁にとらわれていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
私は今まで不吉な色でよどんで見えた加藤家の一角が、突然さわやかな光を上げて清風に満ちて来るのを覚ええりを正す気持ちだった。
睡蓮 (新字新仮名) / 横光利一(著)
そして殆んど一日中、周囲の林の新緑がサナトリウムを四方から襲いかかって、病室の中まですっかりさわやかに色づかせていた。
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
そして客間は、さわやかな春の日の青空と長閑のどかな陽の光が、其處にゐる人々を戸外に呼び出す時だけ、空虚からになつて靜かであつた。
しかしちょっと気を変えて呑気のんきでいてやれと思うと同時に、その暗闇は電燈の下では味わうことのできないさわやかな安息に変化してしまう。
闇の絵巻 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
あたりの人のたべかたをまねして、カキの貝殼を手にもち、そこにたまっている汁を吸ったとき、それはつめたくさわやかで、海の香がした。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
近所にも松の木がないわけではないが、しかし皆小さい庭木で、松籟しょうらいさわやかな響きを伝えるような亭々ていていたる大樹は、まずないと言ってよい。
松風の音 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
日暦ひごよみを一枚一枚ひっぺがしては、朝の素晴しく威勢のいい石油コンロの唸りを聞いて、熱い茶を啜る事が、とてもさわやかな私の日課となった。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
マヌエラの明るい声の調子が、アッコルティ先生の気分をさわやかにしたとみえて、先生はさっそく観察の発表をはじめた。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
(触れてはならぬものだ)彼はちんを出た。自分に打ち勝ってさらに高い自分へ帰着したさわやかな心もちへ夜風がながれた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ほぼ三十里あまりもゆくと、山が重なりあって、山の気がさわやかに肌に迫り、ひっそりとして人の影もなく、ただ鳥のあさり歩く道があるばかりであった。
嬰寧 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
日は仲春、空は雨あがりの、さわやかな朝である。高原の寺は、人の住む所から、おのずから遠く建って居た。唯およそ、百人の僧俗が、中に起き伏して居る。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
御返答承りしと言葉さわやかにえみを含めば、一同あきるゝ事稍久ややしばし焉。たちまちにして雲井喜三郎は満面に朱を注ぎつ。おのれ口の横さまに裂けたる雑言哉ぞうごんかな
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
入口の門番コンシェルジュの窓には誰も居なくて祭の飾りの中にゼラニウムの花と向いあって籠の駒鳥がさわやかに水を浴びていた。
巴里祭 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
必要な書類をふところに収め、えりの合い目に気をくばった。きりッと出来あがった身ごしらえは、さわやかな感じとなっておのれの気持に反映して来る。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
晴れた秋の日のさわやかなひる過ぎに、父が珍しくも前栽せんざいに出て、萩がたわゝに咲いているみずのほとりに、ぼんやりと石に腰かけていたことがあった。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
雄風凜々ゆうふうりんりんとして、ときの声を上げんばかりの張り切りようです。夏の早暁の、さわやかな朝風をいて、昨夜二人と別れたあの石橋のところまで来ました。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
にれかしや栗や白樺などの芽生したばかりのさわやかな葉の透間から、煙のように、またにおいのように流れ込んで、その幹や地面やの日かげと日向ひなたとの加減が
大工は名を藤吉と申しましたが、やはり江戸の職人という気風がどこまでもついて廻わり、様子がいなせで弁舌がさわやかで至極面白い男でございました。
女難 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ハムレットさまは、立派な王子です。みだりに人を疑いません。御判断は麦畑を吹く春の風のように温く、さわやかであります。一点の凝滞もありません。
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
美女 あの、桃の露、(見物席の方へ、半ば片袖をおおうて、うつむき飲む)は。(とちいさ呼吸いきす)何という涼しい、さわやいだ——蘇生よみがえったような気がします。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
よくも、ぬけぬけと——だが、さらりと言ってのけたその語調には、波子の奴、どうしてるかなといった気がかりをいっぺんに吹き飛ばすさわやかさがあった。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
それはさわやかな秋晴れの日のことだった。詳しくいえば十月一日の午後三時ごろのことだったが、青年探偵帆村荘六は銀座の鋪道の上を、靴音も軽く歩いていた。
流線間諜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
折からさわやかな五月の微風びふうに、停車場一面ときならぬ香水の嵐をまきおこしながら、かけ出して行った。
香水紳士 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
青葉に掩われて居る目白台の高台が、見る目にさわやかだった。自分は、終点で電車を捨てると、裏道を運動場の方へ行った。此の辺の地理は可なりよく判って居た。
マスク (新字新仮名) / 菊池寛(著)
半夜、眠れぬままに、遥かの濤声とうせいに耳をすましていると、真蒼な潮流とさわやかな貿易風との間で自分の見て来た様々の人間の姿どもが、次から次へと限無く浮かんで来る。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
その日も、明けがたまでは雨になるらしく見えた空が、さわやかな秋の朝の光となっていた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
さわやかな京弥の声が飛んだとき、すでに対手はタンポ槍をにぎりしめたまま、急所の脾腹ひばらに当て身の一撃を見舞われて、ドタリ地ひびき立てながらそこに悶絶もんぜつしたあとでした。
政宗の秀吉に於ける態度の明らかにさわやかで無かったのは、潔癖の人には不快の感を催させるが、政宗だとて天下の兵を敵にすれば敵にすることの出来る力をって居たので
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
今日、僕が聴きたいのは、ショパンのえいハ短調のワルツ、——あのさわやかな失恋の調べだ。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
鶴見は障子しょうじを開け放ったまま、朝の空気を心ゆくばかり静かに吸っていた。そしてこう思った。さわやかな空気なら遠慮なくたっぷり吸える。いくら吸っても尽きることはない。
そして平一郎は「父のない、そうして家のない」少年となったのである。平一郎は悲しい「零落の第一日」をよく憶えていた。梅雨上りの夕景の街は雨にぬれて空気はさわやかであった。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
この純粋な気持は、彼の胸をふしぎにさわやかにした。同時に彼は、一刻も早く父のまえに身をなげ出して謝りたい気持になった。その気持には、もう何のはからいもなかったのである。
次郎物語:03 第三部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
訪ねて帰るみちすがら、さわやかな秋の眺めに心をひかれ、ふらりふらりと我家に近き、神田明神にさしかかりますると、折しも社前の大燈籠の奉納会とやら申しまして、境内は大した人出
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
はじめて彼女を知ったのが五年前のちょうど今の時分で、さわやかな初夏の風が柳の新緑を吹いている加茂川ぞいの二階座敷に、幾日もいくかも彼女を傍に置いて時の経つのを惜しんでいた。
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
御米およねひさぶり綿わたつたおもいものをてゝ、はだあかれないかる氣持きもちさわやかにかんじた。はるなつさかひをぱつとかざ陽氣やうき日本にほん風物ふうぶつは、さむしい御米およねあたまにも幾分いくぶんかの反響はんきやうあたへた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
が、彼女の体温はその皮膚の外には全然発散されないものの様だつた。それは彼女自身の衣服にさへも移らないかのごとく見えた。彼女の衣服は朝のさわやかな風のなかでいつも実に端正であつた。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
永峯もそう言って、今度はまともに吉本の顔を見ながらさわやかに笑った。
街頭の偽映鏡 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
山をく煙が青い空に昇ってるのがたいへんさわやかな感じを与えます。
青春の息の痕 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
産婦は仰向きに寝たまま、さわやかな顔をして眼を大きくひらいている。
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
木の葉のさやぎや蛙ののぞき見のように実にさわやかなものであった。
海鱸あしかのごとき Renault の Les Stella、さてはロオルス・ロイス、イスパノスュイザ、——おのがじし軽やかな警笛シッフルと香水の匂いを残して、風のごとくさわやかに疾駆するうちに
碓氷の南おもてにもさわやかな夏が来たのだ。
浴槽 (新字新仮名) / 大坪砂男(著)
お蝶はここぞとばかりにさわやかな声を出した。