ほのお)” の例文
好きな巻煙草まきたばこをもそこへ取出して、火鉢の灰の中にある紅々あかあかとおこった炭のほのおを無心にながめながら、二三本つづけざまにふかして見た。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
……麓にぱっとちりのような赤いほのおが立つのを見て、えみを含んで、白雪は夜叉ヶ池に身を沈めたというのを聞かぬか。忘れたか。汝等。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
妙子のゾッとする様な囁き声に、一同例の洞穴を見ると、ゆれるほのおのせいではない。確かに、着物を着た源次郎の骸骨が動いている。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そしてなお、月の彼方を、めつけていたが、ようやく、眸のほのおめてくると、眼はおのずから、自分の姿と足もとへ戻って来る。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
庭にはふじが咲き重つてゐた。築山つきやまめぐつてのぞかれる花畑にはヂキタリスの細いくびの花が夢のほのおのやうに冷たくいく筋もゆらめいてゐた。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
燃えさしの薪を靴の爪尖つまさきで踏みつけると、真赤な焚きおとしが灰の上にくずれて、新らしいほのおがまっすぐにとんがって燃えあがった。
犬舎 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
私は屡々しばしば、その頃愛読していたモオリアックの「ほのおの流れ」という小説の結末に出てくるそのかわいそうな女主人公の住んでいる
木の十字架 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
梶はそんなに反対の安全率の面から探してみた。絶えず隙間すきまねらう兇器の群れや、嫉視しっし中傷ちゅうしょうの起すほのおは何をたくらむか知れたものでもない。
微笑 (新字新仮名) / 横光利一(著)
土人達はかがりを焚いた。血の色をしたほのおに照らされ、抜き身の武器はキラキラ輝き土人達の顔は真っ赤に染まり凄愴の気を漂わせた。
この地獄は不潔な劣情のほのおによりて養われ、悔と悲のけむりによりてつちかわれ、過去の悪業に伴える、もろもろの重荷が充ちみちている。
まっ黒い油煙をあげる毒々しいほどの赤いほのおが、濃厚な樹脂に執拗しつようにしがみついて離れなかった。吹きおろす夜風も受けながしていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
その黒と黄との対照が、彼女の赤毛に強烈な色感を与えて、全身が、ほのおのような激情的なものに包まれているかの感じがするのだった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
まれに、きわめてまれに、天のほのおを取って来てこの境界のガラス板をすっかりかしてしまう人がある。(大正九年五月、渋柿)
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ある時は天をこがほのおの中に無数の悪魔がむらがりて我家を焼いて居る処を夢見て居る。ある時は万感一時に胸にふさがって涙はふちを為して居る。
(新字新仮名) / 正岡子規(著)
またイギリスのキャヴェンディッシュは水素を発見しましたが、これはほのおを近づけると爆発するので「爆発空気」と呼びました。
ラヴォアジエ (新字新仮名) / 石原純(著)
ほのおをみつめ、ほそぼそ青い焔の尾をひいて消える、また点火、涙でぼやけてマッチの火、あるいは金殿玉楼くらいに見えたかも知れない。
喝采 (新字新仮名) / 太宰治(著)
赤いほのおのように、一条の直線がナタリーの頬にふれた。同時にナタリーの悲鳴が爆発して彼女の頬に紅色の液体がながれていた。
スポールティフな娼婦 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
豆小僧は今度こそと、四枚目の大般若のお守札をほうりますと、土の中からポツと火が出て、そこらぢう一面にほのおとなりました。
豆小僧の冒険 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
時々篝火がくずれる音がする。崩れるたびに狼狽うろたえたようにほのおが大将になだれかかる。真黒なまゆの下で、大将の眼がぴかぴかと光っている。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
眼の前の板屋の四方に、積み重ねられた柴は、いっせいにほのおと煙を毒々しく吐きあげていた、夕暮だけに光は四方に及んでいた。
討たせてやらぬ敵討 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
見知らぬ異国へでも、彷徨さまよい込んだような気持がして、寝呆ねぼまなこでぼんやりと、ほのおみつめているうちに、ハッとして私は跳ね起きました。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
ゆらゆらとゆらめくほのおに、鶏小屋にも勝って荒れ果てている室の崩れ落ちた壁に、魔物を思わすような彼の黒い影が伸びたり縮んだりした。
罠に掛った人 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
向いの、しまのようになった山畠にけむりが一筋揚っている。ほのおがぽろぽろと光る。烟は斜に広がって、末は夕方の色と溶けてゆく。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
赤い毛布ケットかつぎ、「カリメラ」の銅鍋どうなべや青いほのおを考えながら雪の高原を歩いていたこどもと、「雪婆ゆきばンゴ」や雪狼ゆきオイノ雪童子ゆきわらすとのものがたり。
釉は鉄釉一色である。それ以外に何も求めない。それで沢山なのである。なぜならほのおの方で親切に様々な色調を出してくれる。
苗代川の黒物 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
子供、子供と今が今まで高をくくりし武男に十二分に裏をかかれて、一こう憤怨ふんえんほのおのごとく燃え起こりたる千々岩は、切れよとくちびるをかみぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
姉を、そんなに後援するのは、妹と何かある! 夫人の心には、もう嫉妬のほのおが、えんえんと燃えながらも、言葉だけは、いよいよ丁寧に
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
嬢次少年に欺かれ、もてあそばれたという憤怒のほのおに熱し切っていた。そうしてその中に、今日の出来事の原因結果を整理しようと焦躁あせっていた。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
詰まり突入したその傷口から、太陽が炎々のほのおを吐くのであろう、その輝きの強い事は、もう見ていることが出来ぬほどだ。
暗黒星 (新字新仮名) / シモン・ニューコム(著)
地獄には誰でも知っている通り、つるぎの山や血の池の外にも、焦熱地獄というほのおの谷や極寒ごくかん地獄という氷の海が、真暗な空の下に並んでいます。
杜子春 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
長くなり始めた夜もそのころにはようやくしらみ始めて、蝋燭ろうそくの黄色いほのおが光の亡骸なきがらのように、ゆるぎもせずにともっていた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
番町の火は今や五味坂ごみざか上の三井みつい邸のうしろに迫って、怒涛どとうのように暴れ狂うほのおのなかに西洋館の高い建物がはっきりと浮き出して白くみえた。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
凄い勢いで燃えるが、金網の籠であるから、炭坑で使う安全灯の原理によって、全然危険なく、紙だけほのおを天に向けて、勢いよく燃えてしまう。
紙の行方 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
かすかな風が私のまぶたにあたる。海の向うにはくろぐろと鹿児島の市街があり、そのひとところが赤いほのおをあげて燃えていた。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
ほのお並びにガス体の磁性、磁性と結晶体との関係、空中磁気(ただし一日並びに一年間の空中磁気の変化に関する説は完全とは言い難かるべきも)
私の罪の軽くなるような方法を講じてください。修法、読経どきょうの声は私にとって苦しいほのおになってまつわってくるだけです。
源氏物語:35 若菜(下) (新字新仮名) / 紫式部(著)
まず「悪き者の光は消され、その火のほのおは照らじ、その天幕の内なる光は暗くなり、そが上の灯火ともしびは消さるべし」という。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
大日坂だいにちざかに駈け登ったらしい安城郷太郎、ほのおのような息をお鳥に吹き掛けるとむんずと、手を捕って庭口へ引入れました。
裸身の女仙 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
屈強な若者が患者の手を引いてそのほのおの中をくぐらせ、一つくぐりぬけるごとに人が待ち構えていて、手にした手草たくさで患者の体を打つのであるが
えぞおばけ列伝 (新字新仮名) / 作者不詳(著)
一番隅っこの方までが、その人がにっこりと笑うと、まるでほのおや火花に照らされたように、ぱっと明るくなるのでした。
る情熱にとらわれているとき、はじめてあの漂うような精神のほのおは、そのまま天啓ともなるのであろうか。だがきょうの私は怠けものであった。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
燭台のほのおがほろほろと輝き大勢の人が集り、芸妓げいぎらしい人たちが大勢集り、ぼんぼんといってくれるのがうれしいのと
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
「人の体も形が形として面白いのではありません。霊の鏡です。形の上にとおって見える内のほのおが面白いのです。」
花子 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
小流れを門前に控えたどこかの家の周りには、ひまわりの花が黄色いほのおを吐いている。この花の放つ香気には、何となしに日射病の悩みが思われる。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
金魚鉢の上の穴からも真赤なほのおの舌は盛んにメラメラと立ちのぼって、まるで昔の絵に描いた火の玉のようになった。
火葬国風景 (新字新仮名) / 海野十三(著)
清川が塑像の如くに身動きもせず、黙ったまま、ストーヴのほのおを見つめて、きき入って居る。強い風が一しきり窓ガラスをばたばたといわせて通った。
正義 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
などと考えながら思わず胸をついて出る吐息とともに空を眺めやると、小さな鉄格子の窓に限られたはるかな空は依然白いほのおのような日光に汎濫はんらんして
(新字新仮名) / 島木健作(著)
燃え狂う真紅のほのおしずまったかとおもうと、やがて、あの冷たい透きとおった不思議な焔がやって来た。飢餓の焔だ。
火の唇 (新字新仮名) / 原民喜(著)
女はって往ってうしろの壁厨を開け、白い切れをかけた天鵞絨びろうどの枕を持って来て彼の枕頭まくらもとしゃがんだ。彼はその刹那せつなほのおのように輝いている女の眼を見た。
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
誰かが「あんな処へ火が来ている」と叫び、みんながふり返ったとき、河岸に面した家並の一部からほのおがあがった。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)