あざ)” の例文
……吾々は歴史にあざむかれてはならない。常に悪魔的な正しい目で歴史を読んで行かないと飛んでもない間違いに陥ることがある。
悪魔祈祷書 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
僕は母をあざむく材料に自然から使われる自分を心苦しく思って、門を出る時振り返って見たら、母も叔母もまだこっちを見ていた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
とらしか返答へんたふ致すべしとさも横柄わうへいのべけるに兩人再び驚きしが大膳は聲をはげまし汝天下の御落胤ごらくいんなどとあられもなきいつはりを述べ我々をあざむき此場を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
雪をあざむく白い顔は前を見詰みつめたまま、すずしい眼さえも黒く動かさない、ただ、おさばかりが紺飛白こんがすり木綿の上をように、シュッシュッと巧みに飛交とびこうている。
菜の花物語 (新字新仮名) / 児玉花外(著)
あわれ銀平が悪智慧にあざむかれて、いそいそと先達して、婦人をやすませおきたる室へ、手燭てしょくを取って案内せり。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
矯激けうげきげんろうしてみづかあざむきまたみづかくわいとするもののやうにつてらるゝからだらうとおもひます。
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
象牙をもあざむく色白の額ぎわで巾の狭い緋の抹額もこうを締めていたが、その下から美しい鶉色うずらいろで、しかも白く光る濃い頭髪を叮嚀にとかしたのがこぼれでて、二ツの半円を描いて、左右に別れていた。
あいびき (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
前にも述べたような理由で読者は何となくあざむかれたような不満を感ずるおそれがあるのだからそのヤヤコシイ事一通りでない。
創作人物の名前について (新字新仮名) / 夢野久作(著)
こうして叔父夫婦をあざむいてきたお延には、叔父夫婦がまた何の掛念けねんもなく彼女のためにだまされているという自信があった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
我等にはなしもなく大事の娘を賣などとは長八貴樣にも似合にあは心底しんていなり先達さきだつて云し時は屋敷やしき奉公ほうこうつかはしたりとよくも人をあざむきしなど申に長八はひたひ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
あんな恐い顔をして、(と莞爾にっこりして。)ほんとうはね、私……自らあざむいているんだわ。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
疑がえばおのれにさえあざむかれる。まして己以外の人間の、利害のちまたに、損失の塵除ちりよけかぶる、つらの厚さは、容易にははかられぬ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あざむかんとする段不屆き至極なり久八は全く主殺しに相違無しと大いにしかれしは越前守殿の心の中如何思されてのことやらんと吉兵衞もおそれ入てぞひかへける
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
英雄人をあざむけども、苗売我を愚になさず、と皆打寄りて、土ながら根を掘りて鉢に植ゑ、水やりて縁に差置き、とみかう見るうち、品も一段打上りて、縁日ものの比にあらず、夜露に濡れしが
草あやめ (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
彼は暗い夜をあざむいて眼先にちらちらする電灯の光を見廻して、自分をその中心に見出した時、この明るい輝きも必竟ひっきょう自分の見残した夢の影なんだろうと考えた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「ゐないとみづかあざむいてゐるのだ。——どんな社会だつて陥欠のない社会はあるまい」
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
母の顔を見るたびに、彼女をあざむいてその日その日を姑息こそくに送っているような気がしてすまなかった。一頃ひところは思い直してでき得るならば母の希望通り千代子をもらってやりたいとも考えた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私はけっしてあなた方をあざむいてはおりません。私があなた方を安心させるために、わざと欺騙あざむきの手紙を書いたのだというものがあったなら、その人は眼の明いた盲目めくらです。その人こそ嘘吐うそつきです。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼女はついにこの点において、岡本にいた時の自分とは別個の人間になって、彼女の夫に対しなければならなくなった。彼女は物足らなかった。同時に夫をあざむいているような気がしてならなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)