もみ)” の例文
八重子を連れて男の子たちが指定したM——店へ入り、クリスマスの為めにもみの木に装飾の美しい二階の食堂へ上って待受けました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
小屋コッテエヂのすぐ傍らの大きなもみの木から、アカハラが一羽、うれしさうに啼きながら飛び下りてきて、その窓の下で餌をあさり出した。
巣立ち (旧字旧仮名) / 堀辰雄(著)
そして療院のスレエト屋根の向うには、もみの色も蒼々と、おおらかに、柔かな裂目を見せながら、山々が空高くそびえ立っている。
トリスタン (新字新仮名) / パウル・トーマス・マン(著)
青苔がところどころについている山径では、山うるしの葉が鮮やかな朱黄色に紅葉して、もみの若々しい葉の色を一層清々と見せている。
上林からの手紙 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
もみの木である。此境内にたつた一本ある樅の木である。口碑から云へば百五十年以上の老木である。根元のうつろに、毎年熊蜂が巣を作る。
夜烏 (新字旧仮名) / 平出修(著)
あらゆる過去へのあこがれと、未来への希望とがそのもみの小枝の節々につるされた色さまざまの飾り物の中からのぞいているのである。
銀座アルプス (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
峠道にかかると、かえでもみやぶなの樹などが、空もかくれるほど枝を交していて、一そう空気がひんやりとして陽の色も暗くなった。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
大方の冬木立は赤裸あかはだかになった今日此頃このごろでも、もみの林のみは常磐ときわの緑を誇って、一丈に余る高い梢は灰色の空をしのいで矗々すくすくそびえていた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
凝然ぢつとしたしづかなつきいくらかくびかたむけたとおもつたらもみこずゑあひだからすこのぞいて、踊子をどりこかたちづくつての一たんをかつとかるくした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
赤く、紫に、きいろに、かば色に、まるで花のやうにいろいろの紅葉が青い松やもみと入りまじつた、その美しさといつたらありません。
熊捕り競争 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
など戯れつつ力餅の力をりて上ること一里余杉もみの大木道をはさみ元箱根の一村目の下に見えて秋さびたるけしき仙源に入りたるが如し。
旅の旅の旅 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
身を躍らせて山を韋駄天いだてんばしりに駈け下りみちみち何百本もの材木をかっさらい川岸のかしもみ白楊はこやなぎの大木を根こそぎ抜き取り押し流し
ロマネスク (新字新仮名) / 太宰治(著)
二人は秋草を分け、木の間を分けて、早くもめざしたところのもみの大木の二本並んだ木の蔭へ来て、くさむらの茂みに身を隠してしまいました。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
あたかももみの、枝また枝と高きに從つて細きが如く、かの木は思ふに人の登らざるためなるべし、低きに從つて細かりき 一三三—一三五
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
しかして彼の心に思い当りましたのはノルウェー産のもみでありました、これはユトランドの荒地に成育すべき樹であることはわかりました。
本陣、問屋をはじめ、宿役人から組頭くみがしらまで残らずそこに参集して、氏神境内の宮林みやばやしからもみの木一本を元伐もとぎりにする相談をした。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
赤松谷は爆発火口原であるが、その急峻きゅうしゅんな傾斜面には赤松が生え、もみが生え、しいかしなどの雑木が、鮮麗に頂の緑を見せて鬱蒼うっそうとしている。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
暗いとがもみの空が燃えるように赤く染まった時、彼は何度も声を挙げて、あの洞穴を逃れ出した彼自身の幸福を祝したりした。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
桜とか柘榴ざくろとか梨とか松とかくすのきとかもみとかいうものと比較したら、やはり草花としての相似点を持っているといわねばならぬ。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
もみ、松などの大なる幹、潮流にまれたるのちふたたび浮び上がるや、はなはだしく折れ砕けてあたかもそが上に剛毛あらげを生ぜるがごとく見ゆ。
左側のもみやえぞ松がある山の間にパルチザンが動いているのが兵士達の眼に映じた。彼等は、すぐ地物のかげに散らばった。
パルチザン・ウォルコフ (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
殺害者のぶなは、美しい薔薇ばら色の身体をしたもみに飛びかかり、古代円柱のようにすらりとしたその胴体にからみついて、それを窒息さしていた。
つい五六時間前に、少年嬢次と話をした時まで、もみの板壁に松天井、古机に破れ椅子というみすぼらしい書斎の面影は跡型あとかたもなくなっている。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
対岸、オオト・コムブの鬱蒼うっそうたるもみの林は、そのまま水に姿を映し、湖上の小舟サコレーヴは、いまやその林中に漕ぎいるのである。
二三日うちにあなたの家へ柿を届けさせます、そしたら神戸の森まで来てください、いつかふたりで会ったもみの木のところで待っていますから。
麦藁帽子 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
越えて來た方はかひから峽、峰から峰にかけて眼の及ぶ限り、一面の黒木の森であつた。とがもみなどの針葉樹林であつた。
裏庭の桜も散ってしまって、庭前のもみの木で囀るミソサザイの鳴声も聞かれなかった。翌日は雨の中を三国峠に登ったので、何の眺望も得られない。
三国山と苗場山 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
そこを散歩して、己は小さい丘の上に、もみの木で囲まれた低い小屋のあるのを発見した。木立が、何か秘密をおおかくすような工合ぐあいに小屋に迫っている。
冬の王 (新字新仮名) / ハンス・ランド(著)
その式場をおおう灰色の帆布はんぷは、黒いもみえだで縦横に区切られ、所々には黄やだいだい石楠花しゃくなげの花をはさんでありました。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
わたしたちの領分とザセーキン家の領分との地境じざかいを成している垣根が、共同のへいにぶつかっている庭のはずれに、もみの木が一本、ぽつんと立っていた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
「はい、お邸内やしきうちでございます。これからぢきに見えまする、あの、倉の左手に高いもみの木がございませう、あの陰に見えます二階家が宅なのでございます」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
ひらりと、宮のえんから飛びおりるがはやいか、湖畔こはんにそびえているもみ大樹たいじゅへ、するするすると、りすの木のぼり、これは、竹童ならではできない芸当げいとう
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
右手の窓の外に、高いもみの木が半分見えて後ろははるかの空の国に入る。左手のみどりの窓掛けをれて、澄み切った秋の日がななめに白い壁を明らかに照らす。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ところで君は、スピルディング湖の水精ウンディネを描いた、ベックリンの装飾画を見たことがあるかね。鬱蒼うっそうとしたもみ林の底で、氷蝕湖の水が暗く光っているのだ。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ちかけた壁、古いもみの並木路のある、灰色のさゝやかな古風な建物たてものの中に——これらはすべて山颪やまおろしに吹きたわめられてゐた——固い植物の花しか咲かない
頭をめぐらして右のほうを望むと、サント・マルグリット島とサント・オノラ島が、波のうえにぽっかり浮び、もみの木に蔽われたその島の背を二つ見せている。
初雪 (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
それは今ではすっかり朽ちはてて、ほとんど山毛欅ぶなやうっそうとしたもみの木のなかに埋もれてしまっている。
そら白樺、そらもみ。そらクールスク、そらモスクヷ。……停車場の食堂には野菜スープがある、羊肉のオートミールがある、鱘魚ちょうざめ料理がある、ビールがある。
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
熊笹の中をけ下ると、つがもみなどの林に這入はいる。いかにおおきな樹でも一抱ひとかかえぐらいに過ぎないが、幹という幹には苔が蒸して、枝には兎糸としが垂れ下っている。
木曽御嶽の両面 (新字新仮名) / 吉江喬松(著)
大きな母屋に、土蔵が三棟も続き、その間にもみと椿と寒竹を植え込みにした庭を前に控えたやしきを私の室にあてがってくれた。まことに居心地のいい部屋である。
縁談 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
今日では箱だけもみこしらえてもそれ位の代価は掛かるかも分りませんが、何しろ一ヶ月その仕事に掛かり切っていても、手間は七円五十銭という時代であるから
麺包パンと水とで生きていて、クリスマスが来ても、子供達にもみの枝に蝋燭ろうそくを点して遣ることも出来ないような木樵きこりのにも、幸福の青い鳥はかごの内にいる。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
もみ落葉松からまつつがなどのように、深山に生ずる植物は、深山の風景に合わせて見なければ趣が少ない。
季節の植物帳 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
それも杉やもみなどと異って、群生したからといって、同じ高さで同じ恰好に成長するのではなく、集団的生活を営みながらも、持って生れた自分の本性を損わないで
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
勿論もちろん何のことか判然聞取ききとれなかったんですが、ある時あかねさす夕日の光線がもみの木を大きな篝火かがりびにして
忘れ形見 (新字新仮名) / 若松賤子(著)
何だろうと思ってふり返って見ましたが何もいませんでした。それはもみの枝から雪がなだれ落ちたのでした。まだ枝と枝の間から白い絹糸のように雪がこぼれていました。
手袋を買いに (新字新仮名) / 新美南吉(著)
一坂ひとさか戻って、段々にちょっと区劃くぎりのある、すぐに手を立てたように石坂がまた急になる、平面な処で、銀杏いちょうの葉はまだ浅し、もみえのきこずえは遠し、たてに取るべき蔭もなしに
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
松は氷と雪のために手足を垂れさがらせ、そのこずえを鋭く尖らされたのでもみのようになっていた。
湖畔の岩陰いわかげや、近くの森のもみの木の下や、あるいは、山羊やぎの皮をぶら下げたシャクの家の戸口の所などで、彼等はシャクを半円にとり囲んですわりながら、彼の話を楽しんだ。
狐憑 (新字新仮名) / 中島敦(著)
夜になると、この筋の根に、一本一本神経が入って大手を振って、のさり、のさり、谷の中を歩きそうだ。川に沿いて、両側に森がある。森には、もみや樺の類が茂っている。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)