手蹟しゅせき)” の例文
しかし家柄はれっきとしたもので、この老母も桑名あたりの藩士の家に産まれただけに、手蹟しゅせきは見事で気性もしっかりしていた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
すると、彼はこれは春泥の手蹟しゅせきに相違ないと断言したばかりでなく、形容詞や仮名遣かなづかいの癖まで、春泥でなくては書けない文章だと云った。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「行いは必ず篤敬……」などとしてある父の手蹟しゅせきを見る度に、郷里の方に居るきびしい父の教訓を聞く気がしたものであった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
外封そとふうの書体とはまるで異った男の手蹟しゅせきで、一語一句、いずれも重吉の心を煮返にえかえらせるような文字ばかり並べてある中に
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
白木の位牌いはいには、祐筆ゆうひつ相田清祐のあざやかな手蹟しゅせきが読まれた。端座してそれを見つめていた阿賀妻は、一揖いちゆうして、「されば?——」と振りかえった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
『近古名流手蹟しゅせき』を見ると昔の人は皆むつかしい手紙を書いたもので今の人には甚だ読みにくいが、これは時代の変遷でおのずからかうなつたのであらう。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
百代子の学校朋輩ほうばいに高木秋子という女のある事は前から承知していた。その人の顔も、百代子といっしょにった写真で知っていた。手蹟しゅせき絵端書えはがきで見た。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
もう一つ困ったことに、ガラッ八が穴の中から拾った密書の手蹟しゅせきが、源助のでも、伊之助のでも、辰蔵のでも、弥十のでも、小僧達のでもなかったことです。
「M——Yといえばマルヴィにきまっている。手蹟しゅせきも似ているし人物もあたる。マルヴィは踊り子スパイをつうじて祖国をドイツへ渡したのだ。売国奴だ。」
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
「だって、これはあなたの手蹟しゅせきじゃありませんか。この間、僕の机の上に置いてあった書付と同じですよ。」
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
踏台をさがして来て、手をのばしてみた。ちょうに結んだ紙片かみきれがある、解いてみると、木村丈八の手蹟しゅせきだ。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
形見の品を整理しようと思って土蔵の中の小袖箪笥こそでだんす抽出ひきだしを改めていると、祖母の手蹟しゅせきらしい書類にまじって、ついぞ見たことのない古い書付けや文反古ふみほぐが出て来た。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
成経 (ふるえる手にて文ばこを開き、手紙を手に取り裏を返し、表を返しして見る。おのれを制することあたわざるごとく)母上の手蹟しゅせきだ。(感動にえざるごとく)あゝ。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
「ふさどのはよほどお育ちがよいようでございますな」と吉塚が云った、「気性もしっかりしておられるし、挙措きょそ動作も優雅で、手蹟しゅせきのみごとなことはちょっと類のないくらいです」
その木戸を通って (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
容貌きりょうといい、手蹟しゅせきといい、これほどの乙女が地下じげの者のたねであろう筈がない。あるいは然るべき人の姫ともあろう者が、このようないたずらをしてきょうじているのか。但しは鬼か狐か狸か。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
この司配霊の手蹟しゅせきはいつも同一で、一見その人と知ることができた。
お松はその手紙を取り上げて見ると、七兵衛の手蹟しゅせきでありました。
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と孝助がよく/\見れば全く主人の手蹟しゅせきだから、これはと思うと。
警察署のあの事件が盛んに噂の種となっていたこととて、その手紙が発送される前にそれを見てあて名の文字にジャヴェルの手蹟しゅせきを見て取った局長や他の人々は、それがジャヴェルの辞表だと思った。
すると、森先生の手蹟しゅせきでつぎの事が書かれてあった。
先生の顔 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
すると意外にもこれは、お君さんの手蹟しゅせきらしい。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
なぜといって、そこには、(もうその時分から弟は病の床についていたのです)病気見舞の文句が、美しい手蹟しゅせきで書かれているだけなのですから。
日記帳 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
雪枝は内弟子に住みこませることを快く引き受けてくれたが、詩も作り手蹟しゅせきも流麗で、文学にも熱意をもっているので、葉子も古いなじみのように話しがはずんだ。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
月々国から送ってくれる為替かわせと共に来る簡単な手紙は、例の通り父の手蹟しゅせきであったが、病気の訴えはそのうちにほとんど見当らなかった。その上書体も確かであった。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自分の手蹟しゅせきを、喜蔵が見覚えては、いはしないかと思うと、九郎助は立っても坐っても居られないような気持だった。が、喜蔵は九郎助の札には、こだわっていなかった。
入れ札 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
と、左近将監が、にわかにそれを開いて一読してみると、まさしく、塙江漢の手蹟しゅせきである。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「この手蹟しゅせきは先代のと少しは似ているだろうか」
前便と同じ手蹟しゅせき
チャアリイは何処にいる (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
一枚の紙片かみきれが、小舟の横に、りつけてあった。見ると、それは、老先生の眼ですら違う点を見出せないほどそッくりな字だ。わが子郁次郎の手蹟しゅせきにそっくりな筆癖なのである。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
というのは、最初話した死人の懐中ふところから出たという書置だ。色々調べて見た結果、それは正しく博士夫人の手蹟しゅせきだと判明したんだが、どうして夫人が、心にもない書置などを書き得たか。
一枚の切符 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
母親から帰京の報知しらせの葉書が来た。その葉書は、父親の手蹟しゅせきであるらしかった。お銀はこれまであまり故郷のことを話さなかったが、父親に対してはあまりいい感情をもっていないようであった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
城太郎は、立ちふさがったまま、濞紙はながみに書いてある、ばばの手蹟しゅせきをつきつけた。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
うむ、たしかにたしかに将監の手蹟しゅせき。……が、これは兄者人あにじゃひとへの名宛てになっておる。新六、わしにいて来い。すぐ兄者人へお目にかけ、また、中尾山の御本陣へも急達して、およろこびの顔を
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また、一ツの手紙を取ってみると、それにも同じ手蹟しゅせきで同じように。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)