ふとこ)” の例文
旧字:
そこへ北山も子供も風呂ふろから上がって来た。葉子は紅茶に水菓子なぞ取り、ふところに金もあるので、がらりと世界が変わったように見えた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
始終ふところに入れたり肩へ載せたり、夜は抱いて寝て、チョッカイでも出せばけるような顔をして頬摺ほおずりしたり接吻せっぷんしたりした。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
江戸三金貸かねかしの一軒と、指を折られる、大川屋と言う富豪の塀外を、秋の夜の、肌寒さに肩先をすくめるようにしてふところ手。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
二人はいつの間にか制帽をふところの中にたくしこんでいた。昼間見たら垢光あかびかりがしているだろうと思われるような、厚織りの紺の暖簾のれんくぐった。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
福子もまた、このおばあさまの前にすわると、何もかも忘れて、生れたままのすがたで大きなふところに抱かれている感じだった。
万年青 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
その時蜑崎照文あまざきてるぶみふところより用意の沙金さきん五包いつつつみとりいだしつ。先ず三包みつつみを扇にのせたるそがままに、……三犬士さんけんし、このかねは三十りょうをひと包みとせり。
海のほとり (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
黙っててのひらへ載せてやると、直ぐ向う側の甲南市場へけ込んで、アンパンの袋とたけの皮包をふところに入れて戻って来て
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
はかまもつけず薄汚うすよごれた紺絣こんがすりの着流しで、貧乏臭びんぼうくさふところ手をし、ぼんやりダンスをみているけれど、選手ではないし、招待側の邦人のひとりかとおもい
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
弁信が白い布をふところへ入れては出し、入れては出しして見せる。それが、その度毎に血に染まっているのです。
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
側には川波勝弥をうらんで死んだ娘の、ふとこかがみが落ちて割れているなんざ、そっくり怪談ものじゃありませんか
ふところは秋風あきかぜだから、東京や横浜までのして行って、ぶらぶら遊んでいるほどの元気も無し、ここなら誰も気がく気づかいも無いから、まあ五六日かくまって貰って
影:(一幕) (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
フサエは赤糸の束をふところに入れて次の日学校へ出かけたのであった。それが昨日のことであった。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
彼には煽動者もなければ連類者もなく、遺書らしいものさえもふところに忍ばせてはいなかった。
早稲田大学 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
もしその恋と同じ度合の劇烈な競争をあえてしなければ思う人が手に入らないなら、僕はどんな苦痛と犠牲を忍んでも、超然と手をふところにして恋人を見棄ててしまうつもりでいる。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
僕はその頃暖いマントに身を包み、ふところには身分不相応な小遣いさえ持っていた。その人もいまはあるいは偉い大家になられたかも知れぬのだが、僕はいま自身にひょっとこの命を感じている。
落穂拾い (新字新仮名) / 小山清(著)
二旬にわたる長い紀行が終った、今は大変に疲れている、根室のお文さんがなつかしくて耐らぬ、丁度初めて須磨すまを訪れ、須子の温かいふところでなずんだ後、帰京して暫くは馬鹿のように気が脱けて
窮鳥きゅうちょうふところに入る時は猟師も之を殺さず」
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
そして死んだ彼のふところに、小判の入った重い財布があった。それをそっくり養父母は自分のものにしてしまったと云うのであった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
余り余裕のないふところから百何十円を支払って大辞典を買うというは知識に渇する心持の尋常でなかった事が想像される。
彼は首をすくめ、ふところ手をしながら、落葉や朽葉とともにぬかるみになった粘土質の県道を、難渋なんじゅうし抜いて孵化場ふかじょうの方へと川沿いをさかのぼっていった。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
読み終ると、中に巻き込んだもう一通、それはふところ紙に矢立の筆を走らせた男文字で、見る見る幸吉の顔色は変りました。ハラハラと老の頬に流るる涙——。
天保の飛行術 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
七兵衛はふところへ手を入れて、短刀を出して、刃先を前に向けてブツリと畳へ突き通します。
寒風に吹きさらされて、両手にひびを切らせて、紙鳶に日を暮らした三十年前の子供は、随分乱暴であったかも知れないが、襟巻えりまきをして、帽子をかぶって、マントにくるまってふところ手をして
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
大枚の札束をふところにして来て、「どうぞこれをおつかいなすって」と事もなげな調子で、そっとふすまかげで手渡しするようなふうの男だったので
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
早速金に換えてふところがあったまったので、サア繰出せと二人して大豪遊を極めたところが、島田の奴はイツマデもブン流して帰ろうといわんもんだから
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
ガラッ八の八五郎が、薫風くんぷうふところをはらませながら、糸目の切れた奴凧やっこだこのように飛込んで来たのです。
ふところの所に僕がたたんでやった「だまかしふね」が半分顔を出していた。僕は八っちゃんが本当に可愛そうでたまらなくなった。あんなに苦しめばきっと死ぬにちがいないと思った。
碁石を呑んだ八っちゃん (新字新仮名) / 有島武郎(著)
それでせつない思いが透らなければ、よくよく二人に縁がないものと諦めるよりほかはないと、世間の苦労をよけい積んでいるお園は、ふとこのような六三郎よりもさすがに強い覚悟をもって
心中浪華の春雨 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ナンバワン級の女給のうわさなどが娯楽雑誌や新聞をにぎわせ、何か花々しい近代色がふところの暖かい連中を泳がせていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
大杉と別れた後の堀保子は大杉は必ず再び自分のふところに戻ってくるものと固く確信して孤独の清い生涯を守っていたが、大杉が果敢はかなくなった後はその希望も絶えて
最後の大杉 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
その後ろから、ふところを十手で突っ張らせた八五郎、照れ臭そうでもあり、嬉しそうでもあります。
それはその時々の食糧や小遣こづかいになる零細な金で、銀子は月々の親への仕送りで、いつもふところが寂しく、若林からもらう金も、大部分親に奉仕するのであった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「右の手に算盤そろばんを持って、左の手に剣をにぎり、うしろの壁に東亜図を掛けて、ふところには刑事人類学を入れて置く、これでなければ不可いかん、」などとしきりに空想を談じていた。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
坊主頭に黄八丈のあわせ黒縮緬くろちりめんの羽織に短いのを一本きめて、読めそうもない漢文の傷寒論しょうかんろんふところにし、幇間ほうかんと仲人を渡世にしている医者は、その頃の江戸には少なくなかったのです。
いざという場合ふところ育ちのお嬢さんや女学生上りの奥さんよりもはるかに役に立つ事を諄々じゅんじゅんと説き
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
不意にその主人が、湯殿のなかへ顔を出して、ふところから一封の手紙を出した。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それは兎も角として、藤波金三郎はかつてベルリオーズがエステルのふところに帰ったように、ブラジルの農園に老妻と二人のせがれを置いて、三十何年か前の恋人を尋ねて日本へ帰って来たのでした。
愛宕あたご時代にやとったのとは、また別の方面から、お島が大工などを頼んで来たとき、二人のふところには、店を板敷にしたり、棚を張ったりするために必要な板一枚買うだけの金すらなかったのであったが
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
平次はそう言って、和蘭の銀貨をふところの中にしまい込みました。
麻裏あさうらを穿いて、白磨しろみがきの十手をふところに落します。
ふとこかがみは?」