心着こころづ)” の例文
今日こんにちは、」と、声を掛けたが、フト引戻ひきもどさるるようにしてのぞいて見た、心着こころづくと、自分が挨拶あいさつしたつもりの婦人おんなはこの人ではない。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
孤児みなしごの父は隆三の恩人にて、彼はいささかその旧徳に報ゆるが為に、ただにその病めりし時に扶助せしのみならず、常に心着こころづけては貫一の月謝をさへまま支弁したり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
かれには悲愴ひそうかんほかに、まだ一しゅ心細こころぼそかんじが、こと日暮ひぐれよりかけて、しんみりとみておぼえた。これは麦酒ビールと、たばことが、しいのであったとかれつい心着こころづく。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
心着こころづけば、正面神棚かみだなの下には、我が姿、昨夜ゆうべも扮した、劇中女主人公ヒロインの王妃なる、玉の鳳凰ほうおうの如きが掲げてあつた。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
心着こころづけば旧来もときかたにはあらじと思ふ坂道のことなるかたにわれはいつかおりかけゐたり。丘ひとつ越えたりけむ、戻るみちはまたさきとおなじのぼりになりぬ。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
その時までは、ほとんど自分で何をするかに心着こころづいて居ないよう、無意識の間にして居たらしいが、フト目を留めて、俯向うつむいて、じっと見て、又こずえを仰いで
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……心着こころづくと、おめしものも気恥きはずかしい、浴衣ゆかただが、うしろのぬいめが、しかも、したたかほころびていたのである。
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
砂の上に唯一人やがて星一つない下に、果のない蒼海あおうみの浪に、あわれ果敢はかない、弱い、力のない、身体単個ひとつもてあそばれて、刎返はねかえされて居るのだ、と心着こころづいて悚然ぞっとした。
星あかり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
少年も少し心着こころづいて、此処ここ何処どこだらう、と聞いた時、はじめて知つた。木曾の山中やまなかであつたのである。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ちいさな胸には、大切なものを落したやうに、大袈裟おおげさにハツとしたが、ふと心着こころづくと、絹糸の端が有るか無きかに、指にはさまつて残つて居たので、うかゞひ、うかゞひ、そっと引くと、糸巻は
蠅を憎む記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
夕月に、あの花が露をにおわせてぱッと咲くと、いつもこの黄昏たそがれには、一時ひとときとまに騒ぐのに、ひそまり返って一羽だって飛んで来ない。はじめはあやしんだが、二日め三日めには心着こころづいた。
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
眼のふち清々すがすがしく、涼しきかおりつよく薫ると心着こころづく、身はやわらかき蒲団ふとんの上に臥したり。やや枕をもたげて見る、竹縁ちくえん障子しようじあけはなして、庭つづきに向ひなる山懐やまふところに、緑の草の、ぬれ色青く生茂おいしげりつ。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
顔にはただあたたかきかすみのまとふとばかり、のどかにふはふはとさはりしが、薄葉うすよう一重ひとえささふるなく着けたるひたいはつと下に落ち沈むを、心着こころづけば、うつくしき人の胸は、もとの如くかたわらにあをむきゐて
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)