すた)” の例文
旧字:
スリバチ山なんぞに登って大喜びするのは男がすたれるから、僕は黒百合平で高山植物を鑑賞したり、ヒュッテで弁当を食べたりした。
八ガ岳に追いかえされる (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
今あることどもをすたれしめんがために、この世の卑しきことどもと、さげすまれしことどもと、あるなきことどもとを選みたまえり……。
一概に武士はすたれたともいえない。人は元来いろいろだ。この日に会して、生き方、死に方、武人もさまざまだったのは是非がない。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いゝえ、掃溜よ。士族でも華族かぞくでも分家をすれば平民に降るんですから、平民はつまりすたれものゝ落ちどころでございましょう?」
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
関所はすたれ、街道には草蒸し、交通の要衝としての箱根には、昔の面影はなかったけれども、温泉いでゆ滾々こんこんとしていて尽きなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
私の少年時代の玩具といえば、春は紙鳶たこ、これにも菅糸すがいとげる奴凧やっこたこがありましたが、今はすたれました。それから獅子、それから黄螺ばい
我楽多玩具 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
六区と吉原を鼻先に控えてちょいと横丁を一つ曲った所に、さびしい、すたれたような区域を作っているのが非常に私の気に入ってしまった。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
堂宮のすたれたるを起こし、剣鎗に一流を極わめ、忍術に妙を得、力量三十人に倍し、日に四十里を歩し、昼夜ねぶらざるに倦む事なし。
三甚内 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
できない相談だという事がよく分って来るからである。これだけでもロマンチックの道徳はすでにすたれたと云わなければならない。
文芸と道徳 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
奇蹟的異言や奇蹟的医癒は止み、預言や知識はすたれても、愛は永久に絶えることがない。そして愛のあるところ、常に奇蹟が伴う。
土地の人はそれほどにも想わないのか、当然守るべき市の特産品でありながら、すたってゆくままにしてあるのは惜しい限りであります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
「孔子世家」もまた一方では「孔子の時、周室は微にして、礼楽はすたれ、詩書は欠く」(『孔子全集』一九六二)と記している。
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
しかも容太郎は新鮮な果実のようなお里の心や肉体よりも、すたりかけた蒼白な馴染深いお信の魂と体を愛さずにいられなかった。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
今晩中の約束だから、夜明けまでには何とかして、お蘭どのの鼻先へ突きつけて見せなければ、がんりきの男がすたる三百両の金。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「あの慾張婆よくばりばばあめ、これもすたれたがらだ、あれも老人としよりじみてるといっちゃ、かねの生きてるうちから、ぽつぽつ運んでいたものさ」
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
このような読書の仕方は、かつて先ず四書五経の素読から学問に入るという一般的な慣習がすたれて以後、今日では稀なことになってしまった。
読書遍歴 (新字新仮名) / 三木清(著)
炭坑に機械力が這入って来てから、馬は、次第にすたれて行ったのであるが、古くからの炭坑へ行くと、今でも、馬の残っているところがある。
狂馬 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
軽薄な細工物は云はばすたり易い流行物はやりもの、一流のみさをを立てゝおのれの分を守るのが名人気質だと云ふのが分らぬか、この不了簡者。
名工出世譚 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
藩札はあかき紙ぎれ、皺にかびくさきさつ、うちすたり忘られし屑、うち束ね山と積めども、用も無し邪魔ふさげぞと、はふられてあはれや朽ちぬ。
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
なおその一郭は、古く寂れてるというよりもむしろすたれ切ったようなありさまではあったが、その当時からしだいに面目が変わりつつあった。
上の方から段々すたれて、果てはこれも赤毛布の御親類となり、田舎のお婆さんまで着て来るようになって、東京はショールの時代と入れ替った。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
とうとうなんだか見定めの附かない物になつて、陶器の欠けや、古鉄ふるかねや、すたれた家の先祖の肖像と一しよに、大道店だいだうみせに恥を晒して終つたのである。
クサンチス (新字旧仮名) / アルベール・サマン(著)
多「すたるものだが、斯うして有れば売れやすが、あれで始めれば沢山たんとお借り申しても二十五両でやる積りでござりやす」
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
近頃は大した束髪ばやりで、日本髷はとんとすたってしまいましたが、私は日本髷の方がどうも束髪より好きです。
好きな髷のことなど (新字新仮名) / 上村松園(著)
わたしはすたれもの。池の金魚を見て暮そう。庭の花をむしって喰べましょう。今夜はうち、支那料理の御馳走ごちそうよ。
春:――二つの連作―― (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
三千年前から聖人が心配していた世道人心が、今日迄も案外すたれ切らないのは、ひとえにこの鼻の表現の御蔭ではありますまいかと考えられる位であります。
鼻の表現 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
今では同じく京都のやうに悲しくすたれ果てゝはゐるものゝ、なほ絶えず海と船とによつて外国の空気がかよつてゐるが為めか京都ほど暗くはない。狭くはない。
海洋の旅 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
「親分、ちょっと行ってみて下さい。あっしが下手人げしゅにんを挙げなきゃ、金釘流の手紙の手前、男がすたりますよ」
それから次は油揚あぶらあげです。油揚は昔は大へん供給が充分じゅうぶんだったのですけれども、今はどうもそんなじゃありません。それで、実はこれはすたれた食物であります。
茨海小学校 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
「団十郎はやはり歌舞伎でなければ納まらんので、イクラ給金が良くても公園の舞台で踊っては名がすたれる」
しかしこのイチシという方言は、今日こんにちあえて見つからぬところからしてみると、これはほんのせまい一地方に行われた名で、今ははやくすたれたものであろう。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
肉屋の亭主に言わせると、牛は殆んどすたる部分が無い。頭蓋骨は肥料に売る。臓腑と角とは屠手のもうけに成る。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
などと、飲み足りなそうな人に盃をさすたわむれは、愚劣なものだが、まだまるっきりすたれてもいない。これと「中の中の小坊主」のお茶あがれとは近いのである。
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
すたれたる世なりといえども、一人や、二人の義人はあろう。それでいい、一人もいなくとも、平山先生がおわそう
三人の相馬大作 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
もとは巣鴨の染井や麻布の狸穴だけのものだったが、そのほうはすたれ、このせつは谷中の名物になり、地元の植木職が腕によりをかけていろいろと趣向を凝らす。
顎十郎捕物帳:22 小鰭の鮨 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「気の毒な、宮様がたいへん大事になすった女王にょおうさんを、そんなすたり者にしてしまおうとするなどとは」
源氏物語:54 蜻蛉 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「うなり」は鯨を第一とし、次ぎはとうであるが、その音がさすがに違うのである。また真鍮しんちゅうで造ったものもあったが、値も高いし、重くもあるのですたってしまった。
凧の話 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
一方は盛栄の余にすたれ、他方は失望の極に陥落せしなり、自然の結果ほど恐るべきものはあらじ。
徳川氏時代の平民的理想 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
そこから雑草と禿げた空地があって学校のような建物に、何かの遺跡と歴史めいた白堊の円柱が朝日をあびて六本建っているのが、すたれた城のあとを見るようであった。
それはすたれたるを起し、新しきを招かれたそればかりでなく、音楽や芸術のたぐいにとりてばかりでなく、すべての文教のために、忘れてならないお方でおわしました。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
絵を描いて生成の理に満足するなぞといふ事はもうすたるだらう。しかし昔はこれで助かつて来たのさ。戦乱は続くし、家に隠れてゐて賢人学者にふわけにもゆかない。
南京六月祭 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
私は子供のときは腰巻をまいていた。その頃は男女共に腰巻をまとう習慣がまだすたれてはいなかった。それでも子供も学校へ行くようになれば、もう腰巻はしていなかった。
生い立ちの記 (新字新仮名) / 小山清(著)
それを改革して文学的生命あるものとしたのが前言った松尾芭蕉で、それ以来かかる流行はすたれたが、なお時にその種の句も存在しないではなかった。その一例を言えば
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
大事の御身までも世のすたり物に致させ候かと思ひまゐらせ候へば、何と申候私の罪の程かと、今更御申訳おんまをしわけの致しやうも無之これなく、唯そら可恐おそろしさに消えも入度いりたぞんじまゐらせ候。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
思うに、人事において流行はやりすたりのある如く、自然においても旧式のものと新式のものが自らある、空中飛行機におどろく心は、やがて彗星をあやしむ心と同一であると云えよう。
高山の雪 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
前者は早くよりすたれて後者之に代りたるも、明治十年頃に至りて漸く地図に採録されたりとすれば、其間に出版されたる絵図は依然としてツウラ沼なる名称を存するを以て
古図の信じ得可き程度 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
「あなた方は我々夫婦をすたれものにしておしまひなさる。これで夫婦は食へなくなります。」
直ぐその下を私が通りがかりつつある一八〇〇年代の建造らしい南欧風洋館のすたれた大露台の欄干では、今、一匹の印度インド猿が緋のチョッキを着、四本の肢で一つ翻筋斗もんどりうった。
長崎の一瞥 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
親孝行——なぞというと近頃はすっかり流行おくれの肩身のせまいすたり言葉になっているが、子供の権利だとか義務だとかいうことがうるさく宣伝されない時代のことである。
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
そして多くの芸術品は、君主や貴族の栄誉のために、その権力感のよろこびを充たすべく製作された。然るに近代の平民的な社会に至って、この種の芸術は根本的にすたってしまった。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)