小春日和こはるびより)” の例文
小春日和こはるびよりの暖かさに沿道の樹々の色も美しく輝いていましたが、木村さんは先へ心がくと見えて、あまり口をききませんでした。
暗夜の格闘 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
さいわいにその日は十一時頃からからりと晴れて、垣にすずめの鳴く小春日和こはるびよりになった。宗助が帰った時、御米はいつもよりえしい顔色をして
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お雪はふるえ上って思わず小庭の方を見廻しましたが、小春日和こはるびよりうららかで、子をひきつれた鶏が、そこでもククと餌を拾っているばかり。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
十一月のはじめで、小春日和こはるびよりというのだろう。朝から大空は青々と晴れて滝野川や浅草は定めて人が出たろうと思われるうららかな日であった。
月の夜がたり (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
上等の小春日和こはるびよりで、今日も汗ばむほどだったが、今度は外套を脱いで、杖のさきには引っ掛けなかった。ると、案山子かかしを抜いて来たと叱られようから。
若菜のうち (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いくら山の上でも、一息に冬の底へ沈んではしまわない。秋から冬に成る頃の小春日和こはるびよりは、この地方での最も忘れ難い、最も心地の好い時の一つである。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
しかし最近の二日間が小春日和こはるびよりのようにたいへん暖かかったので氷は水の暗緑色と底とを示した透明さをうしなって不透明な白味がかった灰色となり
小春日和こはるびよりの日などには、お島がよく出て見た松並木の往還にある木挽小舎こびきごやの男達の姿も、いつか見えなくなって
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
猫背ねこぜな三味線の師匠は、小春日和こはるびよりの日を背中にうけた、ほっこりした気分で、耳の穴を、観世縒かんぜよりでいじりながら、猫のようにブルブルと軽く身顫みぶるいをした。
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
冬はすぐ其処まで来ているのだけれど、まだそれを気づかせないような温かな小春日和こはるびよりが何日か続いていた。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
その日、産声うぶごえが室に響くようなからりと晴れた小春日和こはるびよりだったが、翌日からしとしとと雨が降り続いた。六畳の部屋いっぱいにお襁褓むつを万国旗のようにるした。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
小春日和こはるびよりの日中のようで、うらうらと照る日影は人の心も筋もけそうになまあたたかに、山にも枯れ草まじりの青葉少なからず日の光に映してそよ吹く風にきらめき
鹿狩り (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
平次はさすがに、いずまいを直してえりをかき合せました。生温かい小春日和こはるびより、午後の陽は縁側にって、ときどき生き残ったあぶだまのように飛んでくる陽気でした。
小春日和こはるびよりの午後の陽ざしは、トシオの広い賢げな額や、健康らしく肉付きの引しまった頬に吸い寄りました。そしてこのわか冥想家めいそうかの脊を、やわらかくで温めました。
トシオの見たもの (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
昨日は久々につたないながら句が浮んだので、今日、めずらしく晴れた小春日和こはるびよりの縁に出て、短冊にその句を認めてから、わしは庭下駄をはき、杖をとって庭園に出てみた。
(新字新仮名) / 富田常雄(著)
その日もよく晴れた、小春日和こはるびよりであった。奥底の知れない青空を、何鳥なにどりであろう、伸々のびのびと円を描いて飛んでいた。私は少しもまごつかずに例の植物を探し出すことが出来た。
毒草 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
静かに照り輝く小春日和こはるびよりの下に時をすごしたが、第一日は全く何の手ごたへもなかつた。
老残 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
底に何かしら冷たいものを持っていても、小春日和こはるびよりの陽ざしは道ゆく人の背をぬくめる。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
小春日和こはるびよりねむさったらない。白い壁をめぐらした四角い部屋の中に机を持ちこんで、ボンヤリとひじをついている。もう二時間あまりもこうやっている。身体がジクジクと発酵はっこうしてきそうだ。
(新字新仮名) / 海野十三(著)
恐る恐る雨戸を開いて見ますと、いつの間にか夜が明けて、外はアカアカとした小春日和こはるびよりでした。裏庭の隅にはまだ、コスモスの白い花が、黒い枝の間にチラリホラリと咲き残っています。
(新字新仮名) / 夢野久作(著)
小春日和こはるびよりあたたかなのこと、おつは、またこうのところへやってきました。
自分で困った百姓 (新字新仮名) / 小川未明(著)
熱海の小春日和こはるびよりは明るい昼の夢のようであった。
草紅葉 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
竹柏なぎをゆきかへる小春日和こはるびより
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
念力のゆるみし小春日和こはるびよりかな
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
さいはひそのは十一時頃じごろからからりとれて、かきすゞめ小春日和こはるびよりになつた。宗助そうすけかへつたとき御米およねいつもよりえ/″\しい顏色かほいろをして
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
小春日和こはるびよりともいうべき暖かい日でして、私たちは午後の陽光ひかりを浴びながら、釣り竿を担いで色々の話に笑い興じ、元気のよい歩調で野道を歩いてゆきました。
白痴の知恵 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
小春日和こはるびよりの日曜とて、青山の通りは人出多く、大空は澄み渡り、風は砂を立てぬほどに吹き、人々行楽に忙がしい時、不幸の男よ、自分は夢地を辿たど心地ここちで外を歩いた。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
……晩に雪が来ようなどとは思いも着かねえ、小春日和こはるびよりといった、ぽかぽかしたい天気。……
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
外の空気のさえ渡って、日の光がたまらないほど愉快な小春日和こはるびよりにも、あの二人は、拙者がいないと、この小屋の中へはいり、小屋をしめきっては、暗いところでふざけきっていました。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
小春日和こはるびよりの柔かい陽の色に、地味なかがやきを見せたり、落葉の散り敷いた疎林のなかへ、赤錆びた落日の余光がさし入る頃風と名のつけようも無いほどかすかな夕風が忍びやかに渡ると
かやの生立 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
林が日頃仲の悪い義弟と一緒だというのが一寸ちょっと気がかりだったが、かく橘を誘って二人で出掛ける事になった。何でも前の日の雨が名残なごりなくれた十二月の、小春日和こはるびよりの暖かい日であった。
火縄銃 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と言つて、蓮太郎はすこし気を変へて、『あゝ好い天気だ。全く小春日和こはるびよりだ。今度の旅行は余程面白からう——まあ、お前もうちへ行つて待つて居て呉れ、信州土産はしつかり持つて帰るから。』
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
片日向かたびなた小春日和こはるびより
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
前途ゆくてへ、今大鳥居をくぐるよと見た、見る目もあやな、お珊の姿が、それまでは、よわよわと気病きやみの床を小春日和こはるびよりに、庭下駄がけで、我が別荘の背戸へ出たよう、扱帯しごきつま取らぬばかりに
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
長靴を穿いて厚い外套がいとうを着て平気で通勤していたが、最初の日曜日は空青々と晴れ、日が煌々きらきらと輝やいて、そよ吹く風もなく、小春日和こはるびよりが又立返たちもどったようなので、真蔵とお清は留守居番
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
四郎はお蘭のそばにいるだけで満足した。お蘭の針仕事をしている傍にひざをゆるめて坐って、あどけないことをたずねたり単純な遊びごとをしたりした。小春日和こはるびよりの暖かい日にはうとうと居眠いねむりをした。
みちのく (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
四面はみな雪ですけれども、山ふところは小春日和こはるびより
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)