くしゃみ)” の例文
くしゃみ出損でそこなった顔をしたが、半間はんまに手を留めて、はらわたのごとく手拭てぬぐいを手繰り出して、蝦蟇口がまぐちの紐にからむので、よじってうつむけに額をいた。
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それを嗅ぐと、大勢の人は吾れ勝ちにくしゃみを初めて息もされない位で、しまいにはみんな苦しまぎれに眼をまわすものさえ出て来ました。
豚吉とヒョロ子 (新字新仮名) / 夢野久作三鳥山人(著)
やたらにくしゃみをしてはいけなかった。もし風邪ででもあると子供に伝染するからであった。——湯には晩にきりはいれなかった。
理想の女 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
のべつに涙を溜めてくしゃみをしているだけのことであったが、そこが大分人よりも違っている超神経質氏スーパーナーヴァスであったから言うことがすこぶる振るっていた。
葛根湯 (新字新仮名) / 橘外男(著)
「未だお寒いんでございますからね。その中に、私、くしゃみが出て参りましたの。長船さんとお二人で私の悪口を仰有っていたのかも知れませんわ」
嫁取婿取 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
主人が骨牌かるたをやっている間、ピラムはじっとしている。脚をめる。人が通って、その脚を踏もうとすると引っ込める。あぶを噛み殺す。くしゃみをする。
土堤下の遠いところを、夜番の拍子木がカチカチ、くしゃみ一つして通り過ぎた後は夜気沈々、聞こえるものは折柄の上潮がヒタヒタと岸を打つ音ばかり。
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
なにかいおうとすると、つづけざまに大きなくしゃみが出た。裏の浄蓮寺の杉林に騒いでいた凩が、ゴーッと雨戸に迫って、行燈も仏壇の蝋燭もまたたいた。
渡良瀬川 (新字新仮名) / 大鹿卓(著)
と言いかけたが、寒がりの大膳亮、夜風を襟元へうけて、すばらしく、大きなくしゃみを一つ——ハックシャン!
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
社会がくしゃみをすれば、人もそれとともに嚔をする。一杯のビールを飲むのにも、社会とともに飲むんです。
「マルも年をとりまして御座いますよ。この節は風邪かぜばかり引いて、くしゃみばかり致しております」
刺繍 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
いつの間にかこくりこくりやっていたのをおときに起されて、新吉はくしゃみをしながら身を起した。
果樹 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
早速履脱くつぬぎへ引入れて之を当がうと、小狗こいぬ一寸ちょっとを嗅いで、直ぐうまそうに先ずピチャピチャと舐出なめだしたが、汁が鼻孔はなへ入ると見えて、時々クシンクシンと小さなくしゃみをする。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
け出して来てふんふん嗅いでみて、くしゃみを一つして二三歩退いた。三太太は叱りつけ
兎と猫 (新字新仮名) / 魯迅(著)
現実としての空想の——ここまではまぎれもなく現実であるが、ここから先へ一歩を踏みはずせば本当の「意味無しナンセンス」になるという、斯様な、喜びや悲しみや歎きや夢やくしゃみやムニャムニャや
FARCE に就て (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
ピストルの形をした煙草入たばこいれみたいな男だった。その爆発はくしゃみと同じだった。
寒暖計の水銀柱はグンと下の方へちぢんでしまい、その夜更け、戸外に或いは立ち番をし、或いは黙々として歩行し、或いは軒下に睡りかけていた連中の誰も彼もは、公平にたてつづけのくしゃみを発し
ネオン横丁殺人事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
革命記念日にくしゃみをしたと云って懲罰をくったと杉浦啓一が云ったら、みんなドッと笑い傍聴人まで笑いましたが、法官帽の連中はどんよりした顔で別に笑いもしません。大体気力のない様子です。
共産党公判を傍聴して (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
猿殿が おくしゃみ
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかもその兵隊達はみんな、無茶先生の香水を嗅がせられてくしゃみの出ないように、鼻の上から白い布片ぬのきれをかぶせて用心をしています。
豚吉とヒョロ子 (新字新仮名) / 夢野久作三鳥山人(著)
……文明のチジョクだよ。……そもそもだね、登山なんてのは、要するに山のテッペンへ駈けあがって、そこで旗を振ったりくしゃみしたりすることなんだ。
これは、生命いのちより可恐おそろしい。むかし、悪性あくしょう唐瘡とうがさを煩ったものが、かわやから出て、くしゃみをした拍子に、鼻が飛んで、鉢前をちょろちょろと這った、二十三夜講の、さきの話を思出す。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それからそれ止度とめどなく想出されて、祖母が縁先に円くなって日向ぼッこをしている格構かっこう、父が眼も鼻も一つにしておおきくしゃみようとする面相かおつき、母が襷掛たすきがけで張物をしている姿などが
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
ポアンチュウはくしゃみをして、それでも念のために、誰もいない台所をのぞきに行く。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
「よろしゅうござんす。そしてもしせきが出たり、くしゃみが出たりしましたら。」
ここから先へ一歩を踏み外せば本当の「意味無しナンセンス」になるといふ、斯様な、喜びや悲しみや歎きや夢やくしゃみやムニャ/\や、凡有あらゆる物の混沌の、凡有ゆる物の矛盾の、それら全ての最頂天バラロキシミテに於て
FARCE に就て (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
と私も呶鳴どなり付けたが、この人の善い大男が私のからかったことなぞは微塵みじんも悟らずに、クションクションと続けざまにくしゃみをした顔をながめていると、初めて私にもはらの底から笑いが込み上げてきた。
葛根湯 (新字新仮名) / 橘外男(著)
くしゃみはその方針を一々電車の掲示に指定して置くほど人生の大問題だろうか? 鼻腔に故障のない限りは、頼まれても然う無暗に出る筈のものでない。然るに当時は嚔から世界風邪が感染したのである。
女婿 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
思い切って大きなくしゃみを一つしながら頭の上をふりあおぐと、高い高い木の梢の間から、かすかな星の光りが二ツ三ツ落ちて来ます。
死後の恋 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
今までくしゃみこらえたように、むずむずと身震いを一つすると、固くなっていた卓子テエブルの前から、早くもがらりとたいを砕いて、飛上るようにと腰を軽く、突然いきなりひょいと隣のおでん屋へ入って
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
写真の種板たねいたにも感光しないような人物を見る。ガラスの眼玉でものを読む。舌を垂れて、一語一語の間に草がえるような文句をしゃべる。嵌木はめきゆかでもこするように自分の額をさする。くしゃみをする。
片岡君はくしゃみをしたから死んでいるのではなかった。
一年の計 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
けれども、無茶先生や豚吉やヒョロ子は鼻の穴に綿をつめておりますから、香水のにおいもわからなければくしゃみも出しません。
豚吉とヒョロ子 (新字新仮名) / 夢野久作三鳥山人(著)
てこでも動かぬにこうじ果てて、すっぱすっぱ煙草たばこを吹かすやら、お前様、くしゃみをするやら、向脛むかはぎたかる蚊をかかと揉殺もみころすやら、泥に酔った大鮫おおざめのような嘉吉を、浪打際に押取巻おっとりまいて、小田原評定ひょうじょう
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
泥まみれになった袖口そでぐちや、ビショビショに濡れた膝頭ひざがしらや、お尻のあたりからは、冷気がゾクゾクとしみ渡って来て、鼻汁と涙が止め度なく出て、どうかするとくしゃみが飛び出しそうになるのです。
死後の恋 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
太郎稲荷いなり眷属うから悪戯いたずらをするのが、毎晩のようで、暗い垣から「伊作、伊作」「おい、お祖母ばあさん」くしゃんとくしゃみをして消える。「畜生め、またうせた。」これに悩まされたためでもあるまい。
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
くしゃみもならず、苦り切って衝立つッたっておりますると、蝙蝠は翼を返して、ななめに低う夜着の綴糸とじいとも震うばかり、何も知らないですやすやと寐ている、お雪の寝姿の周囲ぐるりをば、ぐるり、ぐるり、ぐるりと三度。
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
が、じっとしてくしゃみしたもの一つない。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
縮むと、くしゃみをしそうで可笑おかしい。
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
貴女あなたくしゃみは出ませなんだか。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
くしゃみをさしたれ。」
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)