伊賀いが)” の例文
わたしはそれより以前に伊賀いが近江おうみのさみしい国境くにざかいを歩いて越したこともありますが、鹿野山の峠道はもっとさみしいところでした。
力餅 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この菊池半助も、前身は伊賀いが野武士のぶしであったが、わけあって徳川家とくがわけに見いだされ、いまでは忍術組にんじゅつぐみ組頭くみがしらをつとめている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
伊賀いが上野うえのは旧藤堂とうどう侯の領分だが藩政の頃犯状はんじょうあきらかならず、去迚さりとて放還ほうかんも為し難き、俗に行悩ゆきなやみの咎人とがにんある時は、本城ほんじょう伊勢いせ安濃津あのつ差送さしおくるとごう
枯尾花 (新字新仮名) / 関根黙庵(著)
その伊賀いがのアベ(阿拜あはい)は「アハイ」となり信濃しなののツカマ(筑摩)は「チクマ」となつたやうなれいはなほ若干じやくかんある。
国語尊重 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
さては、こけ猿の壺の真偽しんぎ鑑定役に、はるばる伊賀いがの柳生の庄から引っぱり出されてきた奇跡的老齢者、あのお茶師の一風宗匠、この二人をはじめ。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
あるとき宰相さいしょうは、天子てんしさまの御用ごようつとめて手柄てがらてたので、ごほうびに大和やまと河内かわち伊賀いがの三箇国かこくいただきました。
鉢かつぎ (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
私は昨夕東京を立つとき伊賀いが上野うへのまでの乘車券を買つてゐたので、そこで關西線の湊町ゆきの二番が發車するのを待つ間二時間ばかりに輕い朝食を取つたり
伊賀、伊勢路 (旧字旧仮名) / 近松秋江(著)
ここで近畿きんき地方というのは便宜上、京都や大阪を中心に山城やましろ大和やまと河内かわち摂津せっつ和泉いずみ淡路あわじ紀伊きい伊賀いが伊勢いせ志摩しま近江おうみの諸国を包むことと致しましょう。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
また大毘古おほびこの命が女、御眞津みまつ比賣の命に娶ひて、生みませる御子、伊玖米入日子伊沙知いくめいりひこいさちの命、次に伊耶いざ眞若まわかの命、次に國片くにかた比賣の命、次に千千都久和ちぢつくやまと比賣の命、次に伊賀いが比賣の命
伊賀いが甲賀の忍術までも使えるはずがねえんだ。ええ、そうですとも! それにちげえねえんだ。ひょっとすると、こりゃ三左衛門の肩にでもくっついてきた上方怨霊おんりょうにちげえねえんですぜ
右門捕物帖:23 幽霊水 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
就きましては舊冬からお願い申して置きました伊賀いがの仇討でござりますが……。
近松半二の死 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
伊賀いが水月すいげつさ」と碌さんは、躊躇ちゅうちょなく答えた。
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
伊賀いが、よかったなあ」
大岡越前の独立 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
いつものように、大坂、よど、京都と経て来た秀吉の大軍は、どうしたことか、こんどは坂本から急に道を転じて、伊賀いが甲賀こうがを越え、伊勢いせへ出た。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
幕府では三河みかわ尾張おわり伊勢いせ近江おうみ若狭わかさ飛騨ひだ伊賀いが越後えちごに領地のある諸大名にまで別のお書付を回し、筑波辺の賊徒どものうちには所々へ散乱するやにも相聞こえるから
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
伊賀いがあばれンぼう」で日本中にひびきわたった青年剣客が、とも揃いいかめしく東海道を押してきて、あした江戸入りしようと、今夜この品川に泊まっているのだから、警戒の宿場役人ども
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
四 伊賀いが名張なばりなど三郡。南伊勢の鈴鹿すずか河曲かわわ一志いちし飯高いいだか飯野いいの多気たけ度会わたらいなどの七郡。——それに尾張犬山城と、河田かわだとりでとは、秀吉へゆずること。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
伊賀いがあばれんぼう
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
武道ぶどう表芸おもてげい弓術きゅうじゅつ剣法けんぽうはもちろんのこと、火術かじゅつ棒術ぼうじゅつ十手術じってじゅつくさり鉄球てっきゅう手裏剣しゅりけん飛道具とびどうぐもよし、あるいは築城ちくじょう縄取なわどりくらべ、伊賀いが甲賀こうが忍法しのびほうも試合にいれ、かの幻術げんじゅつしょうする一わざでも
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「柘植村は伊賀いがだ」
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)