一眸いちぼう)” の例文
……その丘からは港の瑠璃色の海や、船着場の黄色い旗や、また彼女の家や青年の邸も悉く手に取るように一眸いちぼうの中におさめられた。
赤い煙突 (新字新仮名) / 渡辺温(著)
頂にいたりて超然として一眸いちぼうのもとに瞰下みおろさば、わが心高きに居て、ものよくさだむるを得べしと思いて、峰にのぼらむとしたるなり。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
天地はすでに夏に入り、江南の駅路うまやじや、平野の城市はもう暑さを覚える頃だが、その山上も、一眸いちぼうの山岳地も、春はいまがたけなわである。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
天仙台から一眸いちぼうの下に集まる万物相一帯の景色だけでも妙義山と御獄昇仙峡を五十や六十組合わせたくらいの大きさを持っている。
淡紫裳 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
彼らは一の目を有している。その目はすなわち絶対なるものをさがし求めている。最高の者は一眸いちぼうのうちに天をすべて収めている。
高台なので、川の向うの昔住んでいたうちや、尾崎さんのいた家、昔は広い草の原であった住宅地などが一眸いちぼうのうちに見える。
落合町山川記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
相手の言葉付は、一眸いちぼううちに変っていた。ひょうが、一太刀受けて、後退あとじさりしながら、低くうなっているような無気味な調子だった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
大村市から一眸いちぼうのうちに見晴らせる、風光明媚ふうこうめいびな湾内に、臼島うすじまという周囲五キロに満たぬ、無人の小島がある。
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
この頂上では秩父の飛竜から雲取、入奥、多摩川流域の御前、大岳、陣場、景信などが皆一眸いちぼうの中に集った。
初旅の大菩薩連嶺 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
しかも山全體を一眸いちぼううちに收め得ること亦た同じい。たゞ一方は海岸であり、一方は山上であるの相違だ。
うむ? それはあの絵のような建物を、一眸いちぼうの中に収めようと云うためさ。ワトソン君まあ御苦労でも、もう少し窓の方に寄って、あのお馴染の室を仰いでみたまえ。
かえって雲仙連峰を顧望こぼうするによく、有家ありいえ島原方面に、ゆるやかな大傾斜を作る美しい雲仙の裾野を、一眸いちぼううちに収める気も晴れやかな大観は、高岩にのぼって得られるのである。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
遠く那須野なすの茫々ぼうぼうたる平原を一眸いちぼうに収める事の出来ぬのは遺憾いかんであったが、脚下に渦巻く雲の海の間から、さながら大洋中の群島のように、緑深き山々の頭を突出とっしゅつしている有様は
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
されば林とても数里にわたるものなくいな、おそらく一里にわたるものもあるまい、畑とても一眸いちぼう数里に続くものはなく一座の林の周囲は畑、一頃いっけいの畑の三方は林、というような具合で
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
野路も山路もすべて明らかに一眸いちぼうに収め得られさうな気がしてならなかつた。さうして、杉の多い山路の、杉の影に、見え隠れして遠ざかつて行く小さな日傘を見るやうな気がしてならなかつた。
曠日 (新字旧仮名) / 佐佐木茂索(著)
正面遠く久世山あたりまで一眸いちぼうに見渡した夜の光景も眼ざむるばかりに明るく活気に充ちているが、音羽護国寺前からここまで一直線に来るべき電車の開通も間があるまじくそれが完通の暁には
早稲田神楽坂 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
遠くは対岸アジヤ大陸のスクータリ市を一眸いちぼうのうちに収められる。
すべてこの高尾の大見晴らしの一眸いちぼうのうちに包むことができる。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
標高僅かに三百尺位の牡丹台であるが、一番高いところに登ると、四方へ闊達かったつに開けた大同江平野が一眸いちぼうのもとにあった。
淡紫裳 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
昼ならばここから一眸いちぼうになし得る京洛けいらくの町々も、特徴のある堂塔どうとうや大きな河をのぞいては、ただ全市の輪郭が闇の底おぼろに望まれるだけだった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただ八月なかばの晴天続きであったから、眺望はよく、四囲の山という山は殆ど一眸いちぼうの中に収った筈で、其中の一をあれが赤城山だと教えられて成程と思ったことや
登山談義 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
私の坐ったところからは、灯の瞬いているバルセローナ港の全景が、一眸いちぼうのうちに見渡せた。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
有明海を隔てて一眸いちぼううち肥筑ひちくの山野、墨絵のごとく有明海に斗出としゅつしている宇土うど半島、半島の突端からつづく天草列島——盆景の小島の如く浮んでいる島の数の如何いかに多いことよ。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
二十歩とはまだへだたらないうちに、目の下の城下に火が起った——こういうと記録じみる——一眸いちぼうの下に瞰下みおろさるる、縦横に樹林でしきられた市街の一箇処が、あたかも魔の手のあって
ゆるい傾斜の下は、畑と野面のづらへつづいている。東は久我畷くがなわて、北は山岳、西は円明寺川まで一眸いちぼうの戦場もいまは青い星のまたたきと、一色の闇のみであった。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
頂上の展望は広闊無比で尾瀬の全景を脚下に俯瞰し、奥上州の諸山、日光、会津駒の連峰は言うに及ばず、遠く飯豊いいで、妙高、北アルプスをも一眸いちぼううちに収め得られる。
やがて幾つかの峰を廻ると、眼下に広々とした一面の田圃が開け、木の間隠れのあちらこちらに点々と農家が散在して、中央に小学校らしいもののそびえている村を一眸いちぼうの下に見晴らした。
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
入川いりかわ谷の全貌を一眸いちぼうの中に収め、秩父連峰は勿論、八ヶ岳から奥上州方面の山々まで望まれるので、十文字峠途上の白妙岩と伯仲する好展望台であるのは嬉しかった。
思い出す儘に (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
だが、一眸いちぼうに入る夜色は、もう何らの反省を彼にいるものでもなかった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
試に越後沢山の三角点に立って、東方利根川左岸の山脈を展望したならば、大水上山から平ヶ岳に至る間の諸山は、高低起伏残る隈もなく一眸いちぼうの裡に収まるであろう。
利根川水源地の山々 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
秀吉はひたいに汗を吹かせて見せながら風の中に立った。そこに立つと、およそ柳ヶ瀬から下余吾方面までの山河が一眸いちぼう俯瞰みおろされた。山を縫い村落をつなぐ北国街道も一すじの帯のように眼で辿たどれる。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これだけでも壮観である上に、東から北へかけて八ヶ岳蓼科の連山、妙義、破風はふ(荒船山)、浅間連峰、四阿あずまや、白根火山群からして、遠く奥上州の群山が一眸いちぼうの裡に集る。
美ヶ原 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
彼は、美濃平野から中部山脈を一眸いちぼうにする城に立って
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
此頂上に立って西北を望むと、くろほの嶺呂ねろと『万葉集』に歌われた黒檜くろび山以下の六峰から裾野のはてかけて、一眸いちぼうの中に展開するので、成程これはと首肯されることと思う。
山と村 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)