陸沉軒りくちんけん)” の例文
五子信焉子兼之は通称城右衛門であつた。四女は八重と云つた。元成は延宝七年に長崎に還り、陸沉軒りくちんけん南部草寿の後を襲いで、立山の学職に補せられた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)