種彦は今日きょうしも老体の身に六月大暑だいしょの日中をもいとわず、かねてより御目通おめどおりを願って置いたしば日蔭町ひかげちょうなる遠山左衛門尉様とおやまさえもんのじょうさまの御屋敷へと人知れずまかり越したのである。仔細しさいというはほかでもない。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)