「それならいいさ」と竜右衛門が云った、「おまえには安永つなという、許婚者がいるんだからな、ほかの娘なんか好きになっても、母さんが承知しないぞ」
サン・トゥースタッシュはマリーの許婚者で、その下宿に寄宿し、食事もそこでとっていた。彼は夕方、許婚者を迎えに行って一緒に家へ連れて帰ることになっていた。
「安永つなさんという許婚者があるのに、女は嫌いだと云って、いまだに結婚しようとはしません、これはわたくしたちがあまり堅苦しく育てたからだと思います」
「——だっておせんは十四の時からあなたの許婚者だったのですもの、いちどは嫁になって来さえしたのですもの、そしておせんは今たった一人の頼りない身の上なのですもの」