実は貸本の『絵本太閤記えほんたいこうき』から思い付いたことで、日吉丸ひよしまるが、蜂須賀小六はちすかころくのところから、刀を盗み出すのに、三晩も続けて笠を雨落あまおちに置き、小六の心を疲らせて
と国貞は声を沈まして、忘れもせぬ文化三年の春のころ、その師歌川豊国うたがわとよくにが『絵本太閤記えほんたいこうき』の挿絵の事よりして喜多川歌麿きたがわうたまろと同じく入牢じゅろうに及ぼうとした当時の恐しいはなしをし出した。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)