島後どうご)” の例文
帝の脱出とわかって、大あわてに島後どうごの船手を編成して海上を追ッかけ出したときからして、すでに半夜以上な手おくれは踏んでいる——。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
多古の鼻を過ぐるころには、隱岐おきもかすかに望まれた。島前どうぜん島後どうご。その二つの島影がそれだ。海路としては、その邊が隱岐への最短の距離にあるといふ。
山陰土産 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
遠いむかしには、島後どうごの国府の支庁があったところから起った地名だが、いまでは守護代清高の甲ノ尾の出先代官所の称がその「別府」で通っていた。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
次には、後醍醐の隠岐における行宮が、島前どうぜん島後どうごか、これがまた問題である。さらに隠岐脱出のこともある。
随筆 私本太平記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それやこれ、島後どうごの会合なるものは、いよいよここの配所へ、いやわがこうべへ、さいごの魔刃まじんをくだそうとする打合せであろうことは、はや疑うまではない。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これだから隠岐の配所が、島後どうご島前どうぜんかなども、けりはつかない論争とうなずかれる。
随筆 私本太平記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
後醍醐天皇のいた所は、島後どうごがほんとか島前どうぜんが真か。
随筆 私本太平記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)