大君たいくん)” の例文
その時の光景は英国公使オルコックが「大君たいくんの首都における三年」と題された名高い記録に細述せられている。
墓畔の梅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
第一、いまの儒者中、将軍家をさして、国君と称したり、甚だしきは、大君たいくんなどと書して、みだりに帝王にしておるやからがある。言語道断というほかない。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それが、日本の長いあいだの慣例であり、不文ふぶんほうであった。また「公方くぼう」という名をもって、主権が行使され、「大君たいくん」という名目をもって、対外主権が行使されていた。
吉田定房の家にあった皇太子の頃とはずんと違って、ああ、ゆゆしい大君たいくんぶりになられしよ。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)