吉水院きっすいいん)” の例文
吉野に開かれた南朝の政府は、さしあたって、後醍醐のおはいりになった山上の吉水院きっすいいんをあてて、そのまま
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
右へ折れる方は花の名所の吉野山へかかり、橋を渡るとじきに下の千本になり、関屋の桜、蔵王権現ざおうごんげん吉水院きっすいいん、中の千本、———と、毎年春は花見客の雑沓ざっとうする所である。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
正行の姿はもう下山の道とは逆な吉水院きっすいいんの谷を東へ下がって、彼方の如意輪堂にょいりんどうの方へいそいでいるのだった。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
けれど、衆臣の動揺は、この一寡婦かふと年少の天子に、しょせん、大きな頼みはかけられなかった。時に、それを励ましたのは、公卿でなく、吉野ノ執行しぎょう吉水院きっすいいんノ法印宗信そうしん
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)