征服後、島津氏が琉球王をしてあいかわらず、支那皇帝の冊封を受けさせたのもこれがためです。
後漢の光武帝の時に入貢してその冊封を受け、印綬を賜わったことが後漢書に見えている。
それに就ては秀吉から明へ朝貢して冊封を請願して許可を受ける、要するに秀吉が降伏して明の臣下となつて日本国王にして貰ふ、といふ意味だ、かういふ条件をだしてきた。
“冊封”の意味
《名詞》
古代中国で諸侯などに冊をもって爵位などを与えたこと。
(出典:Wiktionary)
(出典:Wiktionary)
“冊封”の解説
冊封(さくほう、さっぽう)とは「冊命封爵」の略であり、主に東アジアの君主制において、君主が臣下に対して爵位名号を与える事である。この際に、何を与えるかを記した詔書も授けるが、これを「冊文」、略して「冊」と言う。通常、受封者は儀式においてこの詔書を読み上げる。なお、皇后や太子の場合は冊立(さくりつ、さくりゅう)と言う。
また、大国の天子が、周辺国の君主と名義上の君臣関係を結ぶことも行われていたが、これによって形成された国際秩序を冊封体制と呼ぶ。
(出典:Wikipedia)
また、大国の天子が、周辺国の君主と名義上の君臣関係を結ぶことも行われていたが、これによって形成された国際秩序を冊封体制と呼ぶ。
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