己惚うぬぼれ)” の例文
米友がここでもまた、呆気あっけに取られてしまいました。自分になついて来たと思ったのは、飛んだお門違いの己惚うぬぼれ——問題は熊の皮だ。
大菩薩峠:30 畜生谷の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
をかしいなと思つたけれどちつとは己惚うぬぼれもあるわね。まあ名代みやうだいへ坐り込んだ。すると女がやつて来て、ありもしない愛嬌を云つてるだらう。
二黒の巳 (新字旧仮名) / 平出修(著)
人は『源氏物語』や近松ちかまつ西鶴さいかくを挙げてわれらの過去を飾るに足る天才の発揮と見認みとめるかも知れないが、余には到底とうていそんな己惚うぬぼれは起せない。
『東洋美術図譜』 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
我こそと己惚うぬぼれの鼻をうごめかして煩さく嬢様のもとへやつて来たのはういふ連中だ子。どれも之も及第しさうもない若殿原だ。
犬物語 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
芝居気を最初に出したのはあの間抜けた草平氏の己惚うぬぼれにちがひないし、面白がつて、一緒に踊つたのは平塚さんのいたづらつ気と、ものずきで
妾の会つた男の人人 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
現代の創造的諸精神が皆われらの中に流れ込んで來ると考へるほど己惚うぬぼれの強いものではないが、すくなくも平和を愛し
桃の雫 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
一体馬鹿奴が途方もない己惚うぬぼれを出したものだ。泣いても好い位な境遇にゐながら、大言をすると云ふ事があるものか。
しかし際立って立派な紅顔の美少年でありながら、己惚うぬぼれらしい、気障きざな態度がないのにお玉は気が附いて、何とはなしに懐かしい人柄だと思いめた。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
わがまま勝手かってそだてられてたおこのは、たとい役者やくしゃ女房にょうぼうには不向ふむきにしろ、ひんなら縹緻きりょうなら、ひとにはけはらないとの、かた己惚うぬぼれがあったのであろう。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
己惚うぬぼれちゃ駄目よ。私達に残された仕事は、まだまだうんとあるんだから……これがほんの序の口よ。……じゃ、私、これから行って京橋きめてくるわ。」
罠を跳び越える女 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
わしも斯う係蹄わなに掛るとは知らず、真実私に心があるのかと、男の己惚うぬぼれ手出てだをしたが、お瀧でがんすか、其の時分には眉毛を附けて島田だったが、へえー
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
其れはお前の己惚うぬぼれと云うものだ。誰だって小僧になるより学問をする方が、早く出世するにきまって居る。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それは己惚うぬぼれでなくとも必ずお杉を喜ばすことだけはたしかなことだ。彼はお杉が首になったその夜のお杉の、あの初心な美しさに心を乱された不安さを思い浮べた。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
世の中に雑作なくけなされることの多いのは、——そう云う社会の中に住むことは、己惚うぬぼれをまさること、更によきものに向っての努力を忘れさせる点で実にいけない。
一九二三年冬 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
あんまりだからい……人の感情を弄んだの本田に見返ったのといろんな事を云って讒謗ざんぼうして……自分の己惚うぬぼれでどんな夢を見ていたって、人の知たこッちゃ有りゃしない……」
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
正直の話、僕は己惚うぬぼれに支配されて、現実を見誤ることが往々ある。対女性の問題にそれが多い。自信があるものだから、つい油断をする。何うもよくない癖だと思っている。
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
日が暮れて、女は自分の台の上に帰つて、寝支度に髪をほどきながら、一日中にした事を、心の中で繰り返して見ると、どうしても多少の己惚うぬぼれの萌すのを禁ずる事が出来ない。
クサンチス (新字旧仮名) / アルベール・サマン(著)
かのキリストは「われは神の子なり」といふ己惚うぬぼれを信じ終せたばかりに、つひには万人から神として仰がれるやうになつたのではないか。「吾等は皆神の子なり」とも彼は云つた。
親孝行 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
男でも女でも同じように、うそはいうし、欲は深いし、焼餅やきもちは焼くし、己惚うぬぼれは強いし、仲間同志殺し合うし、火はつけるし、泥棒どろぼうはするし、手のつけようのない毛だものなのだよ……
桃太郎 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そのもとはおのれ独りいきな女房を持つなりと己惚うぬぼれておるやも知れねど、それこそ世に云うばかの独りよがりに候、なにを隠さん、拙者の亡き妻、すなわちそのもとの伯母お信こそ
明暗嫁問答 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
けれども久佐賀の方では、自分の方は名と富と力を貯えているものだと、慢じていたのであろう。そしてその上に、一葉の美と才と、文名とを合せればたいしたものだと己惚うぬぼれたのであろう。
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
そんなばかなことがあるものか、そりゃ君の己惚うぬぼれで、女というやつは、世界の男がみんな自分に惚れていると考えたがるものだよ。
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
鏡は己惚うぬぼれの醸造器であるごとく、同時に自慢の消毒器である。もし浮華虚栄の念をもってこれに対する時はこれほど愚物を煽動せんどうする道具はない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あなたの愚かな己惚うぬぼれでなくて何でせう、勿論私が本当にあなたに親しみを持つてゐるのなら世間が何と云はうと周囲がどうであらうと一向かまひません
中村孤月様へ (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
わけえからうっかり云うので、大層を云って居やアがらア、手前てめえ己惚うぬぼれるな、男がいたって田舎だから目に立つのだ、江戸へ行けば手前の様な面はいけえ事有らア
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
己惚うぬぼれ半分の苦辛談を吹聴したりするものもあったが、読んで見ると物になりそうなは十に一つとないから大抵は最初の二、三枚も拾読みして放たらかすのが常であった。
露伴の出世咄 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
と菊太郎君は口をぬぐって見せた。そう大したことの出来る男でもないのに、己惚うぬぼれがある。
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
 己惚うぬぼれの生んだ児の頭は小うござってのう。
胚胎 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
いくら己惚うぬぼれの強い私も充分に認めねばなりませんが、昔から今日こんにちまで出版された文学書の統計を取って見たら、無論情操文学に属するものが過半でありましょう。
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いや/\お梅もまさか永禪和尚に惚れた訳でも無かろう、この和尚に借金もあり、身代の為にした事かと己惚うぬぼれて、遠くから差配人が雪隠せっちんへ這入った様にえへん/\咳払いして
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
師匠に科白せりふを書いてやったくらいだから、筆を執ると達者だ。しかし本業の方では兎角弟弟子達に対して引け目を感じる。然うひどく劣るとも思わないが、芸には誰も己惚うぬぼれがある。
心のアンテナ (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
容色の衰えないことは、全くその己惚うぬぼれの通りといっていいでしょう。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
年の若い割に、自分がこの声を艶子さんとも澄江さんとも解釈しなかったのは、己惚うぬぼれの強い割には感心である。自分は生れつきそれほど詩的でなかったんだろう。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「いや、駄目ですよ。僕もこれで己惚うぬぼれがあったんです。だ何うにかなるだろうと思っていたら、何うにもならないことが分ったんですから、もう前途有望の人達の仲人をする資格がありません」
冠婚葬祭博士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
と悪い奴も有るもので、柳田典藏も己惚うぬぼれが強いから
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
わけのわからぬ彼らが己惚うぬぼれはとうてい済度さいどすべからざる事とするも、天下社会から、彼らの己惚をもっともだと是認するに至っては愛想あいその尽きた不見識と云わねばならぬ。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それを毎日つけているうちに、士官の鼻の下が腫れて来ました。狐のような顔になったそうですけれど、己惚うぬぼれってものは恐ろしいもので、本人は気がつきません。そのまゝ見合に行って失敗しました
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
こう思うと彼は自分の努力が急にいやになった。愉快に考えの筋道が運んだ時、折々何者にか煽動せんどうされて起る、「おれの頭は悪くない」という自信も己惚うぬぼれたちまち消えてしまった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
婦女おんなというものは何故斯んなに己惚うぬぼれが強いんだろう。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
その当時君は文学者をもってみずから任じていないなどとは夢にも知らなかったので、同業者同社員たる余の言葉が、少しは君に慰藉いしゃを与えはしまいかという己惚うぬぼれがあったんだが
長谷川君と余 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
己惚うぬぼれが強いから、万事独断的ドグマチックですって」
負けない男 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
現代の文士が述作の上において要求する所のものは、国家を代表する文芸委員諸君の注意や批判や評価だと思うのは、政府の己惚うぬぼれである。それらは皆各自めいめいっているはずである。
文芸委員は何をするか (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そうして千代子に対する己惚うぬぼれをあくまで積極的に利用し切らせないために、他の思想やら感情やらが、入れ代り立ち替り雑然として吾心を奪いにくるわずらわしさに悩んだのである。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かようの己惚うぬぼれは存外多いもので、諸君まで私共の仲間へ引き入れるのは恐縮でありますが、なるべく勢力範囲を拡張しておく方が勝手でありますから、遠慮のないところを申しますと
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
のつぺらぽうに講義をいて、のつぺらぽうに卒業し去る公等こうら日本の大学生と同じ事と思ふは、天下の己惚うぬぼれなり。公はタイプ、ライターに過ぎず。しかも慾張つたるタイプ、ライターなり。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
また自分もいつこういう過失を犯さぬとも限らぬと云う寂寞じゃくまくの感も同時にこれに伴うでしょう。己惚うぬぼれの面をぎ取って真直な腰を低くするのはむしろそういう文学の影響と言わなければなりません。
文芸と道徳 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と云うと、僕に始からある目論見もくろみがあって、わざわざ鎌倉へ出かけたとも取れるが、嫉妬心しっとしんだけあって競争心をたない僕にも相応の己惚うぬぼれは陰気な暗い胸のどこかで時々ちらちら陽炎かげろったのである。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)