妾宅しょうたく)” の例文
一方の日本左衛門とても、月何回と版木はんぎにかかッて出る定刊本のように妾宅しょうたくへ顔を出して、おほんと言っている旦那でもありません。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なに蝙蝠こうもりの形に似て居ますって? 私の名は「やす」ではありませんよ。玄冶店げんやだな妾宅しょうたくに比べるとちとこの法医学教室は殺風景過ぎます。
三つの痣 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
お今が、田舎へ呼び戻されることに、同意しているらしいお増が、ちょうど子供をつれて、行きつけの小林の妾宅しょうたくへ遊びに行っていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
幸い妾宅しょうたくの家屋はお沢の名儀にしてあったので、両人話合の末それを売ってあらた芸者家げいしゃやさわの看板を買う資本にしたわけである。
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
妾宅しょうたくに住ませていましたが、今いうように奥さんが病身ですから、この女が奥さんも同様だったのです。すばらしい美人ですよ。
影男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
末造は妾宅しょうたくの支度をしてお玉を迎えさえすれば好いと思っていたのに、実際は親子二人の引越をさせなくてはならぬ事になったのである。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
そして、太鼓まんじゅうと、きつねまんじゅうと、どら焼きを買って帰る、丁稚でっち小僧と花合せをして遊ぶ、時々父は私を彼が妾宅しょうたくへ連れて行く。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
「おや若頭梁じゃあありませんか」という声がした、「……たいそういいきげんで御妾宅しょうたくのお帰りですか、偶にはあやからして呉れてもようござんすぜ」
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ちょっと妾宅しょうたくと云った風の、見越しの松に板塀いたべいの小ざっぱりした造りの二階家が三四軒並んでいるうちの一軒で
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
もと請負師うけおいしか何かの妾宅しょうたくに手を入れて出来上ったその医院の二階には、どことなくいきな昔の面影おもかげが残っていた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「そんなことは、どうでもいいさ。この辺はね、金満家の住居や、別荘には——別荘って、妾宅しょうたくだよ。」
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
その突当りの、柳の樹に、軒燈の掛った見晴みはらしのいい誰かの妾宅しょうたくの貸間に居た、露の垂れそうな綺麗なのが……ここに緋縮緬の女が似たと思う、そのお千さんである。
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
玄鶴はお芳を囲い出した後、省線電車の乗り換えも苦にせず、一週間に一二度ずつは必ず妾宅しょうたくへ通って行った。お鈴はこう云う父の気もちに始めのうちは嫌悪を感じていた。
玄鶴山房 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
花柳かりゅうの間に奔々ほんぽんして青楼せいろうの酒に酔い、別荘妾宅しょうたくの会宴に出入でいりの芸妓を召すが如きは通常の人事にして、甚だしきは大切なる用談も、酒を飲みに戯るるのかたわらにあらざれば
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
女狂いや妾宅しょうたくなんかの時代にあっては、情事と言えばみな洞窟がつきものだったのである。
真佐子の母親であった美しい恋妻こいづまを若い頃亡くしてから別にささやかな妾宅しょうたくを持つだけで、自宅には妻を持たなかった。何か操持をもつという気風を自らたのしむ性分もあった。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
坂の下り口の左側に小店や小家が並んでいる中に、綺麗な家の一軒あるのは妾宅しょうたくだということでした。化粧した美しい女が、いつも窓から外を眺めているという、学生たちのうわさでした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
「結婚をする段になりゃ費用はむろん、全部わしのほうで出してあげるがね。……もっとも、近ごろの新しい女は堅苦しい女房よりも気楽な妾宅しょうたく暮らしのほうを望んでいるそうだが……」
猟奇の街 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
オレノ妾宅しょうたくハ丸ビルダト言ッタラ、コンドハ向ウガマイッチャテネエ、……
メリイクリスマス (新字新仮名) / 太宰治(著)
昼のうちから七条醒ヶ井の近藤の妾宅しょうたくへ出かけたのだ、吾輩がともをして。
「それにね、僕は近々に妾宅しょうたくを構えようともくろんでいるんだ。」
メフィスト (新字新仮名) / 小山清(著)
妾宅しょうたくを構えているからかい?」
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
その得意先とくいさきの一軒で橋場はしば妾宅しょうたくにいる御新造ごしんぞがお糸の姿を見て是非娘分むすめぶんにして行末ゆくすえは立派な芸者にしたてたいといい出した事からである。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
其処に面白からぬ夫婦関係が醸成じょうせいされつつあった事は、何人なんぴとも想像し得るじゃないか。事実、博士はひそかに妾宅しょうたくを構えて何とかいう芸妓げいしゃ上りの女を溺愛できあいしているんだ。
一枚の切符 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
お庄は時々、こんな電話を向島むこうじまの方の妾宅しょうたくから受け取って、それを奥へ取り次ぐことがあった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
普請ふしんと云い、装飾と云い、なかなか立派で、木柄きがらなども選んではあるが、丁度この女の身分が分らぬと同様に、待合とも、妾宅しょうたくとも、上流の堅気な住まいとも見極めがつかない。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
大名の家来とか役人などに賄賂わいろを使い、揚屋茶屋で饗応し、さし迫った天下の難事をよそに、妾宅しょうたくで歓をつくしたり、堂島で相場を争ったりするばかりだが、これを取締るべき役人が
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ヨウさんが小半をひかせる事に話をきめ妾宅しょうたく普請ふしんに取かかったのはそれから三月みつきほど後のことである。その折の手紙を見ると
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
どことも知らず姿を消してしまい、新橋から住み替えて来た北海道産の梅千代というも、日本橋通りの蝙蝠傘屋こうもりがさや落籍ひかされ、大観音の横丁に妾宅しょうたくを構えるなど、人の出入りが多く
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
深川の妓家ぎか新道しんみち妾宅しょうたく、路地の貧家等は皆模様風なる布置ふち構図のうちおのずか可憐かれんの情趣を感ぜしむ。試みに二、三の例を挙げんか。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
物綺麗ものぎれいでこぢんまりしたところは、妾宅しょうたくのような感じもするのだった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
わたくしが中年のころにつくった対話「昼すぎ」漫筆「妾宅しょうたく」小説「見果てぬ夢」の如き悪文を一読せられたなら思いなかばに過るものがあろう。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
悪辣あくらつな株屋のE—なにがしとか、関東牛肉屋のK—某ほどではなくても、いたところのこの世界に顔が利き、夫人が永らく肺患で、茅ヶ崎ちがさきの別荘にぶらぶらしているせいもあろうが、文字通り八方に妾宅しょうたくをおき
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
以前日本にいた頃、柳橋で親しくなった女から、わたくしは突然手紙を貰い、番地を尋ねて行くと、昔から妾宅しょうたくなぞの多くある堤下の静な町である。
向島 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
昔から持ち続いた港の富豪の妾宅しょうたくなぞがそこにあった。
挿話 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
娘が帰って来る時分には兼太郎は外へ出て晩飯は妾宅しょうたくで食べ十二時過ぎでなければ帰っては来なかったので、今日突然こんなに成長した娘の様子を見ると
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
さて赤坂の方はこの辺もと/\成金紳士の妾宅しょうたくには持つてこいといふ場所なれば買つた上でいやになればかへつて値売ねうりのぞみも有之候よし周旋屋の申条もうしじょうに御座候。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
京子は芸者に出ていた頃のお客をそのまま妾宅しょうたく引込ひきこみ、それでも足りない時は知合いの待合まちあいや結婚媒介所を歩き廻って、結句何不自由もなく日を送っているのを
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
二伸 かの六畳土庇どびさしのざしき太鼓張襖紙たいこばりふすまがみ思案につき候まゝ先年さる江戸座の宗匠そうしょうより売付うりつけられ候文化時代吉原よしわら遊女の文殻反古張ふみがらほごばりに致候処妾宅しょうたくには案外の思付に見え申候。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
君江はその前から京子が旦那の目をかすめていろいろな男を妾宅しょうたくへ引入れるさまを目撃していたのみならず、折々は京子とその旦那との三人一ツ座敷へ寝たことさえある位で
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それと共に妾宅しょうたく最寄もよりに自分の身を隠すべき貸間をも同時に捜さねばならぬ事である。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
女髪結は浮気うわきな亭主の跡を追って、夜逃よにげ同様にどこへか姿をかくしてしまったので、行きどころのないおたみはそのまま塚山さんの妾宅しょうたくに養われてその娘のようになってしまった。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
どうしても心から満足して世間一般の趨勢にともなって行くことが出来ないと知ったその日から、彼はとある堀割のほとりなる妾宅しょうたくにのみ、一人みがちなる空想の日を送る事が多くなった。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)