肋骨ろっこつ)” の例文
腹腔ふくこうのほうではもうずっと弱く消されていた。これは振動が固い肋骨ろっこつに伝わってそれが外側まで感ずるのではないかと思うのである。
ねずみと猫 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
堅い棒で肩をたたいたり、肋骨ろっこつをもんだりするのを、ただ読物のせいにばかりした。机によりかかっているからだと厳しくとめられた。
最も高価なる木乃伊の製法の如し。先ず左側の肋骨ろっこつの下を深く切断し、其傷口より内臓をことごとく引き出だし、ただ心臓と腎臓とを残す。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
アダムのからだから肋骨ろっこつを一本取り去ったとき、その直後のアダムのことを、前のアダムから製造したといわないのと同様である。
金属人間 (新字新仮名) / 海野十三(著)
内側から肋骨ろっこつを、つちで叩きでもするように、心臓が荒く激しく動悸どうきを打ち、喉が塞がり、息苦しさのために胸が裂けそうであった。
彼方かなたの床の間の鴨居かもいには天津てんしん肋骨ろっこつが万年傘に代へてところの紳董しんとうどもより贈られたりといふ樺色かばいろの旗二流おくり来しを掛けたらしたる
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
満鉄公所には俳人肋骨ろっこつがいるはずだから、世話になっても構わないくらいのずるい腹は無論あったのだが、橋本がいっしょなので
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
中川君、僕も今度朝早く飼禽場しきんじょうって胸のふくらんだ肋骨ろっこつの尖って肛門の締った足のきいろ若鶏わかどりを買って来て家で料理してみよう。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
と、書いたくいが打ってある。ここでは今、十数そうの兵船が造られていた。新しい船底や肋骨ろっこつを組みかけた巨船おおぶねなぎさに沿って並列している。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
みな揃いの空色に、黄色な肋骨ろっこつをつけた騎兵の服装で、真赤なズボンに黒い長靴を穿いていた。顔にかかる滴りの飛び散るような鮮かさだった。
罌粟の中 (新字新仮名) / 横光利一(著)
肋骨ろっこつのように、胸に黄色い筋のついた憲兵の服を着た父が、風琴を鳴らしながら「オイチニイ、オイチニイ」と坂になった町の方へ上って行った。
風琴と魚の町 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
支那しな四川省しせんしょうの奥で修業しゅぎょうをしたと云うんだ。気合をかけるとじぶんみゃくがとまるよ、仰向あおむいて胸をらして力を入れると、肋骨ろっこつがばらばらになるそうだ。
仙術修業 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
短い柱から肋骨ろっこつのように左右相対に細長い水盤が重なって出ている。上は短かく次々と少しずつ長くなって、最後の盤はペリカンのくちばしのように長い。
噴水物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
落ちかけた時調子の取りようが悪かったので、棒が倒れるように深いみぞにころげこんだ。そのため後脳こうのうをひどく打ち肋骨ろっこつを折って親父は悶絶もんぜつした。
窮死 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
鱗形うろこがたあかのついた身体全体は、まるで松の幹が転がっているようだった。胸は、肋骨ろっこつが一つ一つムキ出しに出ていた。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープではいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつが埋もれてるはずじゃないか。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
検死のために露出された胸部には、同じ様な土色の蚯蚓腫みみずばれが怪しくななめに横たわり、その怪線に沿う左胸部の肋骨ろっこつの一本は、無惨にもヘシ折られていた。
デパートの絞刑吏 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
肋骨ろっこつを打折り即死、助手兼、乳搾夫ちちしぼり、山口猿夫さるお(十七)は左脚の大腿部を骨折し人事不省に陥っている。
衝突心理 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
会者、鳴雪、碧梧桐、五城、墨水、麦人、潮音、紫人、三子、孤雁こがん燕洋えんよう、森堂、青嵐せいらん三允さんいん竹子ちくし、井村、芋村うそん坦々たんたん、耕雨。おくれて肋骨ろっこつ、黄塔、把栗来る。
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
声高こわだかに物をいい交し、あちこちと行違い、それはひどい混雑です。毎朝その市場の人込ひとごみを分けて、肋骨ろっこつの附いた軍服の胸を張って、兄は車でお役所へ通われます。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
宇治は蔓草つるくさを引きちぎる高城の靴音を聞きながら唇を噛んであるいた。肋骨ろっこつの間がずきずきとうずいた。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
しかし、何も云わず、ぶくぶくした手が剣身を握りとめないうちに、剣は、肋骨ろっこつの間にささって肺臓を突き通し背にまで出てしまった。栗本は夢ではないかと考えた。
パルチザン・ウォルコフ (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
高さ四尺位あって、写生はなかなかよく行っていたように思う。山姥の肋骨ろっこつや何かのモデルには祖父がなったが、祖父は一所懸命その姿勢をしていたのを覚えている。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
私の胸は貧弱で、肋骨ろっこつが醜く浮いて見えているので、やはり病後のものと思われたにちがいない。
美少女 (新字新仮名) / 太宰治(著)
右の胸には数本の白々とした肋骨ろっこつがくっきりと認められたが、左の胸にはそれらが殆んど何も見えない位、大きな、まるで暗い不思議な花のような、病竈びょうそうができていた。
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
少くとも味方は、赤い筋のはいった軍帽と、やはり赤い肋骨ろっこつのある軍服とが見えると同時に、誰からともなく一度に軍刀をひき抜いて、咄嗟とっさに馬のかしらをその方へ立て直した。
首が落ちた話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
万国橋より放射される街路にはエトランゼに投げられる魅惑的な和風の舌が色彩をあたえ、建設を急ぐ生糸市場の肋骨ろっこつの下には市を代表する実業家が黒眼鏡に面を俯せていた。
スポールティフな娼婦 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
イバンスはすぐにドノバンの傷口きずぐちを検査すると、きずは第四肋骨ろっこつのへんで心臓をそれていた。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
肋骨ろっこつの間から、心臓を目がけて、きりでも刺すように話していると、相手の後明は、最初はいやに横柄おうへいぶって、虚勢を張っていたんだが、しまいには、おそろしくなったらしいんだ。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
胸は一面に目も当てられぬほどめちゃめちゃに砕けていた。右の方の肋骨ろっこつが二、三枚折れていて、左の方は心臓の真上に、黄味がかった黒い斑点はんてんが、大きく無気味に広がっていた。
ところがあたかもそのとき騎兵隊の演習戦があった。卒は黄の肋骨ろっこつのついた軍服でズボンには黄の筋が入ってあり、士官は胸に黒い肋骨のある軍服でズボンには赤い筋が入っている。
三筋町界隈 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
娘の胸には、両刃もろはの剣が刃並はなみを水平に、肋骨ろっこつの間へグサと突き立っておりました。
素人はどじょうの方がやさしいと思っているがどじょうには細かい肋骨ろっこつがある。あれを肉の方へ残さず、といって骨の方へ肉をつけずに、具合よく裂くということがなかなか容易でない。
美味放談 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
しかも、三人が跳び退いたはずみに、それがカサコソと鳴って、おまけになお薄気味悪いことには、肋骨ろっこつの端が一、二本ポロリと欠け落ちて、それも灰のようにひしゃつぶれてしまうのだった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
人々は怪我けが人の世話にかかった。村人のうちには、歯のかけた者、肋骨ろっこつの折れた者、こぶ青痣あおあざができた者があるばかりで、大した害も被っていなかった。しかし兵士らの方はそうでなかった。
僕はそのあわれな子供のことをよく覚えている、今も目に見るような気がする。裸のまま解剖台の上に横たわっていた時、その肋骨ろっこつは墓場の草の下の土饅頭どまんじゅうのように皮膚の下に飛び出していた。
私の頭蓋骨ずがいこつ肋骨ろっこつはライオンの歯の間で、き肉のように砕かれる、私は頭をくわえられたまま、胴体や手足をだらりとぶら下げて無抵抗にまれている。不思議にこの想像は快いものであった。
動物園の一夜 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
母のほうの死体はおそろしく切りさいなまれていた。右の脚と腕との骨はどれも多少とも砕かれていた。左の脛骨けいこつと左側の全肋骨ろっこつはひどく折れていた。全身がおそろしく傷つけられ変色していた。
ハムレットの短衣タブレットの胸に打紐の細い肋骨ろっこつがついて、ハムレットはそれを律動的にいじっているのですが、その打紐は、この場合、観念内で時計の鎖の代償をしているのではないかということです。
ハムレット (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ジャリイン! 肋骨ろっこつが四、五枚、刃に触って鳴る音がした。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
肋骨ろっこつのぎこぎこした胸はるから弱そうであった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
代用心臓の箱が失礼ともいわずに袋探偵の肋骨ろっこつをいやというほど突いた。「僕ほど不幸なものはない。どうにかして下さいよ、猫々先生」
まるで肋骨ろっこつの上に細い首が乗ッかっているような畸形きけいだった。泣き顔には小皺が寄って、小さなお婆さんの顔みたいである。
あの方のはだかった胸の、どす黒いようなぶきみな肌に、肋骨ろっこつが段をなしてい、まん中に一とかたまり毛が生えていた。
やぶからし (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
着膨れてはいるが、大きな体格はあまり丈夫ではないらしく、左の手を癖にして内懐へ入れ、肋骨ろっこつの辺を押えている。
家霊 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
わかったかい。けれども、おいおい、そこもスコップではいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつもれてるはずじゃないか
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
私はその男と二年ほど連れっていたけれど、肋骨ろっこつられてから、思いきって遠い街にげて行ってしまった。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
これが、いわば安全弁のような役目をして気持ちよく折れてくれるので、その身代わりのおかげで肋骨ろっこつその他のもっとだいじなものが救われるという話である。
鎖骨 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
牛伴ぎゅうはん(為山)、松宇、桃雨、猿男さるお得中とくちゅう、五洲、洒竹、紫影しえい爛腸らんちょう(嶺雲)、肋骨ろっこつ木同もくどう、露月、把栗、墨水、波静、虚子らの顔触かおぶれであったかと記憶して居る。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
妾がこう云って笑った時のウルフの顔ったらなかった。蒼白く並んだ肋骨ろっこつを、鬼火のように波打たして、おびえ切ったウツロからなみだをポトリポトリと落しはじめた。
ココナットの実 (新字新仮名) / 夢野久作(著)