稚気ちき)” の例文
旧字:稚氣
十余年前、『親馬鹿の記』を書いたときの私には、まだ心のゆとりがあり、自嘲的じちょうてきな言葉にも、人生を諷刺ふうしするだけの稚気ちきがあった。
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
山浦環は、又の名を内蔵助くらのすけともった。まだ二十歳はたちぐらいで、固くかしこまって坐った。黒いひとみには、どこかに稚気ちき羞恥はにかみを持っていた。
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お重という女は議論でもやり出すとまるで自分を同輩のように見る、くせだか、親しみだか、猛烈な気性きしょうだか、稚気ちきだかがあった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
新婚まもなく若い稚気ちきのぬけなかった夫人は、恐らく恐怖きょうふにふるえながらも、人生の最も楽しく忘れ得ない夢を経験したのだ。
近藤勇は、小野川の老いて稚気ちきある振舞ふるまいを喜んで話していると、芹沢は、さっきから席を周旋して廻るお松の姿に眼をつけて
それらの感情は新しい画工のいわば稚気ちきを帯びた新画風と古めかしい木板摺の技術と相俟あいまって遺憾なく紙面に躍如としている。
胡蝶こちょうの曲(作品二)」はきわめて初期の曲で、稚気ちき愛すべきものがある。コルトーのが良い(ビクターJE九七—八)。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
稚気ちきと云えば稚気に相違ないけれど、こういう稚気のある奴に限って、ずば抜けた独創力に恵まれているものだ。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
一見無邪気で稚気ちき愛すべきところがあつたので、私は此の人とは比較的障壁を設けずに話すことが出来た。
青春物語:02 青春物語 (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
次の文章は当時の若い志士の手に成つたもので、今日の君等には如何いかにも幼児のたはむれに見えようが、この稚気ちきの中に当年智者の単純な理想を汲み取つて読んで呉れ。
政治の破産者・田中正造 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
「とにかくあの人達ひとたち仕方しかたかしこかつた。」かれ時々とき/″\おもつた。大久保おほくぼのやうな稚気ちきおほ狂人きちがひ相手取あいてどることに、なん意味いみのあらうはずもなかつた。(大正14年7月「婦人の国」)
彼女の周囲 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
私は玩具おもちゃすきです、幾歳いくつになっても稚気ちきを脱しないせいかも知れませんが、今でも玩具屋の前を真直まっすぐには通り切れません、ともかくも立停って一目ひとめずらりと見渡さなければ気が済まない位です。
我楽多玩具 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
青年の声や態度の中に、余りに稚気ちき満々たる誇負こふを見たからである。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
精神的には急速に発達して来たが、肉体の発育は人なみより遅れている傾きがどうもあった。そのせいでもあろうか、時々彼は稚気ちきを演じる。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「何だか面白そうじゃないか」と兄はがらにもない稚気ちきを言葉に現した。自分は昇降器へ乗るのは好いが、ある目的地へ行けるかどうかそれがあやしかった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
薄倖多病の才人が都門の栄華をよそにして海辺かいへん茅屋ぼうおく松風しょうふうを聴くという仮設的哀愁の生活をば、いかにも稚気ちきを帯びた調子でかつ厭味いやみらしく飾って書いてある。
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
犠牲者を思う存分怖がらせ、脅えさせて楽しもうとする、殺人鬼の途方もない稚気ちきであったかも知れない。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
なまな奴がキザな真似をすれば、この男は、やにわに立って叩きのめしたくなる病があると共に、事の妙境に触るるを見てとった時には、我を忘れて心酔するの稚気ちきがあるのです。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
この世をばわが世とぞ思う——と露骨ろこつに歌った藤原氏の栄華の方が、まだ夢を夢として追っている人々の稚気ちきと詩があった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この年になってもまだ稚気ちきを失わぬ、それゆえにこそ珍重すべき老人が、子供らしく見得みえを切った。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
自分からこういうと兄を軽蔑けいべつするようではなはだすまないが、彼の表情のどこかには、というよりも、彼の態度のどこかには、少し大人気おとなげを欠いた稚気ちきさえ現われていた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
大菩薩は、稚気ちきあふれたる両山の競争を見て、莞爾かんじとして笑った。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
はるかに、元康のほうが、信長よりは大人おとなの感じだった。稚気ちきというようなものは、元康には少しも見えなかった。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とんだ間違をしておおいに恐れ入ってはいるようなものの、かように恐れ入ってるものを蔭で笑うのは失敬だとくらいは思うかも知れないが、それは年が行かない稚気ちきというもので
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こんな怖がらせは、如何にも大江春泥らしい稚気ちきで、こうしてさも何か犯罪を企らんでいる様に見せかけるのが、彼の手ではないか。高が小説家の彼に、それ以上の実行力があろうとは思われぬ。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
忠盛には、それも、おかしかったろうし、いい方も、いかにも、子供のいいぶんらしく、稚気ちきに聞こえたものとみえ、思わず、顔をほころばしてしまった。
だから大町桂月は主人をつらまえていま稚気ちきを免がれずと云うている。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼らの未来夢の信念が演じる稚気ちきや滑稽にたいして、社会人は寛大だったし、また一般に、書生さんなるものを愛する気もちが、庶民全体の中にあった。
と、犬千代は相手の言葉を、むしろ愛すべき稚気ちき——とゆるしているような寛度で、後をうながした。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
最初は、ひどく油断のならない男と考えていたが、決して、ムキになって憎むほどの人間じゃない。むしろ、愛すべき稚気ちきさえ持っているじゃアないか! こうして世阿弥を
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
悪戯いたずらにもならない稚気ちきの著述である。それというのも、吉岡家は武蔵との三度の試合で、致命的な絶家の形になり終っている。当然そうなったと見るのは臆測でも無理であるまい。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
善信は、彼の稚気ちきを、おかしく思いながら、彼のあやまった信念を、事ごとに説いて聞かせ、凡夫直入じきにゅう真髄しんずいを噛んでふくめるようにさとしてやると、和尚は、善信の輿こしの前にひざまずいて
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小六は、稚気ちきわらうように
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)