)” の例文
野毛橋のげばしは、通せんぼをして、彼を通さなかった。彼は、せるような匂いに包囲されて、軽々と、河岸の暗い所へ運ばれてしまった。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
稲荷町へ行き着いてみると、富蔵の家は半焼けのままでくずれ落ちて、せるような白い煙りは狭い露路の奥にうずまいてみなぎっていた。
半七捕物帳:17 三河万歳 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
まむかうのくろべいもさくらがかぶさつて眞白まつしろだ。さつとかぜしたけれども、しめたあとまたこもつてせつぽい。濱野はまのさんもせきしてた。
火の用心の事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
この夜、城内の一郭では、尼が燔刑はんけいに処せられた。煙にせ、焔に焼かれ、命の絶える間際までも、叫びつづけたと云うことである。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
鉄錆てつさびに似た生き血の香が、むっと河風に動いてせかえりそう……お艶は、こみあげてくる吐き気をおさえて、たもとに顔をおおった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
煙にせたのだろう、どこかで子供が泣きだすと、堰を切ったように、あっちからもこっちからも、子供の泣きごえが起こった。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
しかし入院後一日一日と病はつのりて後には咯血にせるほどになってからはまた死にたくないのでいよいよ心細くなって来た。
(新字新仮名) / 正岡子規(著)
それを見るとクララはせ入りながら「アーメン」と心にとなえて十字を切った。何んという貧しさ。そして何んという慈愛。
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
乾燥かんさうしてこなためせて女房等にようばうらしきりにせきをした。彼等かれらけおりて手桶てをけみづをがぶりとんでやうやむね落附おちつけた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
自分は胸きりの水中容易に進めないから、しぶきを全身に浴びつつ水にせて顔を正面まともに向けて進むことはできない。
水害雑録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
叔父おじにさえあさましき難題なんだい云いかけらるゝ世の中に赤の他人でこれほどのなさけ、胸にこたえてぞっとする程うれし悲しく、せ返りながら、きっと思いかえして
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そうしてその穴の中から時々ぷうぷうとけむりを吹く。どうもせぽくて実に弱った。これが人間の飲む煙草たばこというものである事はようやくこの頃知った。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
悪食あくじき乗客の口臭と、もう随分永く女なしでいる若い旅行者たちの何というかオトコ臭い匂いとで、ムッとせかえるような実にえがたい一夜だった。
キド効果 (新字新仮名) / 海野十三(著)
僕は顛落てんらくするやうにしてやうやくにして身を支へたが、そこは硫黄いわうさかんに噴出してゐるところで、僕の咽喉のどしきりに硫黄の気でせるのに堪へてゐる。
ヴエスヴイオ山 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
波が横ざまに身体の上を乗りこえて行き、そのたびに泡だつ海水を飲んでせた。波除けをつくったり空樽のうしろへ入ったりしたが効果はなかった。
ノア (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
と、さっき屏風の彼方でいた、あの甘いほのかなかおりが今はしたゝかせ返るように鼻をつのであった。女はその時までなお扇をかざしていたが
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
今朝の月心院の庫裡くりの光景というものは、冷たいような、寒いような、生ぬるいような、せ返るような、名状すべからざる気分に溢れておりました。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「なるほど、堤防が切れるわけだ。川下で水防の準備もできないうちに水が一時にやってくる。コップの水でも、一時にぐッと飲めばせるのと同じ理窟だ」
渡良瀬川 (新字新仮名) / 大鹿卓(著)
と正木博士は噴飯ふきだした。その拍子にみ込みかけていた葉巻の煙にせて、苦しさと可笑おかしさをゴッチャにした表情をしながら、慌てて鼻眼鏡を押え付けた。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
たばこめては吸い填めては吸い、しまいにゴホゴホせ返って苦しんだが、やッと落ち着いたところで
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
伊賀の奧から出て來た文吾は、それが珍らしくて、女に教はり/\、火を點けて貰つたのを、一口吸ひ込んだが、厭にいがらつぽくて、眼を白黒にしてせ返つた。
石川五右衛門の生立 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
みづうつつきうばはんとする山猿やまざるよ、無芸むげい無能むのうしよくもたれ総身そうみ智恵ちゑまはりかぬるをとこよ、よつうをもとくさうつへびをどろ狼狽うろたへものよ、白粉おしろいせて成仏じやうぶつせんことねが艶治郎ゑんぢらう
為文学者経 (新字旧仮名) / 内田魯庵三文字屋金平(著)
勝平は、酒のために、気が狂ったのではないかと思われるほどに激昂げっこうしていた。瑠璃子は相手の激しい情熱にせたように何時いつの間にか知らず/\、それに動かされていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
クリストフはそれを顔の真正面とあらわな胸とに受けた。せ返って口を開きながら寝床から飛び出した。あたかも彼の空しい魂の中に生ける神が飛び込んできたかのようだった。
底冷のする梅二月、宵と言つても身を切られるやうな風が又左衞門の裸身を吹きますが、すつかり煙にせ入つた又左衞門は、流しにうづくまつたまゝ、大汗を掻いて咳入せきいつて居ります。
その意味では昨今の地球の呻きは人間ぽさにせるばかりであるわけだが、文学が、人と人とのいきさつとして益々多彩にその姿をつかまず、却って生物的な面へ人間を単純化して
生態の流行 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「あの右の廊下の突き当りですよ。くつ穿いていらっしっては嫌」響の物に応ずる如しである。せる様に香水を部屋にいて、金井君が廊下をつたって行く沓足袋くつたびの音を待っていた。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
まッ先にせて、語り手は亡夫の心情にせつない身悶えを覚えるのであった。この胸のいたむ感情の頂きに立つと、周囲のものは当然自分と同じ気持でなければならぬと思いつめるのだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
蟹の味噌強く噛みしめはしけやし夏は葦辺あしべの香にせてけり
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
三条も混ぜて三人はそれからせ返って泣いていた。
源氏物語:22 玉鬘 (新字新仮名) / 紫式部(著)
涙にせぶ嬉し泣きを暫く続けてりました。
お蝶夫人 (新字新仮名) / 三浦環(著)
濁り、泡立ち、せ返る
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
いま、部屋の中にもっているのは、むっとせっかえるような、鉄錆てつさびに似た人血のにおい……一党は、手さえ血でべとべとしている。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
木枕に、おもてを伏せると、お通はしばらくせているのだった。今、急激に身を動かしたのが悪かったか、あまりに潮の香が強いためか——
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
出ると、草履の下で乾いた貝殻の音がし、せるほど海の匂いのする、新鮮な、さわやかな空気が、胸いっぱい、しみとおるように思えた。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
うつうつしながらぬかせるように鬱陶うっとうしい、羽虫と蚊の声がいんこもって、大蚊帳の上から圧附おしつけるようで息苦しい。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
真珠色をしたゆうべの闇が純白の石楠花しゃくなげの大輪の花や、焔のような柘榴ざくろの花を、可惜いとしそうに引き包み、せ返えるような百合の匂が、窓から家内へ流れ込む。
西班牙の恋 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
涙をんではせかえって、身体からだじらせ、じりまわしつつ、ノタ打ちまわりつつ笑いころげた。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
燭台や火鉢の置き所もないほどにぎっしり押し詰められた見物席には、女の白粉や油の匂いがせるようによどんでいた。煙草のけむりも渦をまいてみなぎっていた。
半七捕物帳:03 勘平の死 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
苦さうに顏をしかめて煙を吐くと、コン/\と咳をして、板の間に顏を摺り付けつゝせ入つた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
今朝は自分が我が家のしきいまたぐことが出来ないで、ついふら/\と此処へやつて来たのであるが、此のゴロ/\云ふ音を聞きながら、せるやうなフンシの匂を嗅いでゐると
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
お銀様はその臭いが何の臭いだか知りませんでしたけれど、むっとせかえるようになって、我知らず二足三足歩いて見ると、そこの地上にまた一つ、物の影があるのであります。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
彼は花から花へ唇を移して、甘い香にせて、失心してへやの中に倒れたかった。彼はやがて、腕を組んで、書斎と座敷の間をったり来たりした。彼の胸は始終鼓動を感じていた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
底冷えのする梅二月、宵といっても身を切られるような風が又左衛門の裸身はだかを吹きますが、すっかり煙にせ入った又左衛門は、流しにうずくまったまま、大汗を掻いて咳入せきいっております。
それにわたしはおとよさんをよろこばせる話も持っていたのです、たまりに溜った思いが一時に溢れたゆえか、ただおどおどしてせて胸のうちはむちゃくちゃになって、何の話もできなく
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
口中の血にせるのであろう、青年はあえぎ喘ぎ絶え入るような声で云った。信一郎は、車中を見廻した。青年が、たずさえていた旅行用の小形のトランクは座席の下に横倒しになっているのだった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
腰掛の下にうずくまって、ほこりせ返りながら、三時間もじっとしていた。
そしてせるほどな参詣人さんけいにんの人いきれの中でまた孤独に還った。
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
せるような生臭いものが、顔にとびかかって来たのを感じた。
日は輝けり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
留木のかおりせるばかりの美服の美女が現われて来た。
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)