かしず)” の例文
『わたくしの問いには、答えもせで、そなたは、ひとにたずねてばかりいやる。忠正とて、以前とはちがい、ようかしずいてくれまする』
その翌日から、田山白雲の周囲まわりに、般若はんにゃめんを持った一人の美少年がかしずいている。それは申すまでもなく清澄の茂太郎であります。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
中学校の所在地に然るべき家を買い女中にかしずかれて通学したのであるが、その頃から人の物を横どりするのに才腕をあらわすようになった。
文化祭 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
二十一歳の今日まで無数の美女にかしずかれながら、人を恋したことのない武道好みの頼正も、この時はじめて胸苦しい血の湧く思いをしたのである。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
蓑吉は、実母である妾のお咲が時折実家へ来て「坊ちゃん」と云って自分にかしずいても、実母とはうすうす知っていながら別に何とも無い顔をしている。
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
一日の大半を侍女や奴隷にかしずかれて、入浴に暮し、食事に贅を凝らして、友人知己とともに会食を楽しむことが
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
奥まった一室を与えられた千浪、まるで文珠屋の女王のように、主人佐吉をはじめ、一同に大事にかしずかれていた。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
友江さんは文字通りの箱入娘で、世間のことは何一つ知らず、良人おっと一人を後生大事とかしずいて居るのでした。
暴風雨の夜 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
複雑な心裡しんりの解剖はやめよう。ともあれ彼女たちは幸運をち得たのである。情も恋もあろう若き身が、あの老侯爵にかしずいて三十年、いたずらに青春は過ぎてしまったのである。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
兎にも角にも河内介は、妻が夫を自らの手で不具にしておいてそれをながめるのを楽しみながらかしずくと云う事柄の持つ残忍性に、先ずその奇異な性慾を呼びまされたのであろう。
一体ここの人達は、どういう料簡で自分をここへ連れて来て、美しい着物をきせて、旨いものを食わせて、こんな立派な座敷に住まわせて、みんなが大切そうにかしずいてくれるのであろう。
半七捕物帳:07 奥女中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
たくさん使っていた下僕しもべの一人でもが、今かしずいていてくれればなどと思う。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
良人に代って、自分が一切の世話をしてかしずくひとであるが、却って彼女が老母のふところに抱かれて安らぐような日が多いのである。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お恥かしい話だが、先生が、あんな御新造にかしずかれて道行みちゆきをなさるのを見ると、かんの虫がうずうずしてたまりませんや。
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
もとより山のことにかけては何事でもそらんじているこどもを、麓の土民たちはその山の神と呼んだ。そしてかしずき崇むる外に山に就ての知識を授けて貰った。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ただ父親の慈愛一つにはぐくまれて、その時分姉妹の住んでいた本邸は、首府のベルグラード郊外、そこで三十人近くの召使にかしずかれて、別邸は銅山の所在地のゼニツアの町に一つと
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
多門老人の腰元となってかしずくうち、つれづれなるままに多門の書架より古今東西の探偵小説をとりいだして読むうちに、持って生れたる殺人鬼の毒血はここにムラムラとよみがえり
不連続殺人事件 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
床の間の花をむしったり罪もない梅(専ら光子にかしずいている小間使こまづかいの名)
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
たとえを申したのじゃ。何も難しい意味ではない。そなたが嫁ぐ山木判官兼隆は、幸いにも、平氏の同族。——末長う、貞節にかしずけよ」
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
娘もよくそれを呑込んで、つまらぬ男にかしずくよりは、いっそ独身で通す覚悟をきめているのを見て、親としての伊太夫が、不憫ふびんに思わぬということもありません。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
朝晩かしずかれているインゲボルグ殿下にさえも真偽の見分けがつかなかったという。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
羽衣をまとふた迎への天女にかしずかれて、姫は昇天してしまつた。
日本の山と文学 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
祖母はこの姉の安宅先生を特にちょうしてかしずいたわって育て上げた。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
出屋敷でやしきの板かべの一間から、日野俊基は、外ばかり見ていた。——夜来、かしずいていた石川ノ豊麻呂とよまろも、まんじりもしなかった瞼である。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「それそれ、あの尺八の主がすなわち、お雪ちゃんのかしずいている大切の病人なのだ」
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
調理場と食堂の間を往きつ戻りつ手持無沙汰そうにかしずいている給仕頭のガルボの眼にも、また廊下の往き戻りに逢う小間使のテレサの瞳にも、気の毒そうな色がありありと泛んでいるのであった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
もとより雛のお客のもてなしは、かしずく女たちがすべてするのであったが、秀吉は彼女たちが嘻々ききとして離れないほどよろこんで見せた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこで主膳は、この肉細の方の楷書は、まだ手前共の歯に合うものでないとしてしまって、暫くこの肉太の方を師友として、あがめかしずくようにしようとの課目をきめてしまったようです。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
家にいれば、十何人かの下女下男にかしずかれて、村一番の地主様で通るその兄が、まめまめしくしかも不器用に、働いているその姿が、母の哀れな姿にも増して、私の涙をそそってみませんでした。
仁王門 (新字新仮名) / 橘外男(著)
万野は、玉日の前が未婚のころからかしずいていた忠実な侍女であった——親鸞のまだ若い日の事どもを何かとよく知っている女であった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あの岡崎藩の美少年がかしずいている名古屋の御大身の奥方が、昨夜の出来事のために、見るも痛ましくしょげてしまっておいでなさること——それは全く災難として同情をしてあげるほかはないが
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
皇后のかしずきに、阿野あの中将のむすめ廉子やすことよばるる女性があった。廉子の美貌はいつか天皇のお眼にとまって、すぐ御息所みやすんどころの一と方となった。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そうはいくまいテ、誰といって親身しんみになってかしずくものはあるまいし」
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
腹はわからぬが、とにかく能登は、彼からすすめて、小宰相ノ局にのみ、その夕から翌朝まで、帝のおそばへかしずくのをゆるしたのだった。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ついこの間までお雪ちゃんがかしずいて来たあの盲目めくらの剣客、ことに先方も、たあいないお雪ちゃんのほかには骨っぽい話相手というものが更に無いという場合なんでしょう、こいつ願ったり叶ったり
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「何と気高いお姿だろう」と、その九年の間、一日も離れることなくかしずいている性善坊しょうぜんぼうですら、時には、見惚れることがあった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
では、第一伺いますがね、弁信さん、お前さんはあのお雪ちゃんという子をどう思召おぼしめしますね、それからまたお雪ちゃんがかしずいていたあの気持の悪い盲目の剣客——あの人をいったい何だと思います
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
朝夕ちょうせき禅房の掃除もするし、聴聞ちょうもんの信徒の世話もやくし、師の法然にもかしずいて、一沙弥いちしゃみとしての勤労に、毎日を明るく屈託くったくなく送っていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それにかしずくこと、至れり、尽せりの有様です。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ひとつには女性のかしずきがなごませて来た効でもあるにちがいないが、朝暮にぶつを拝し、歌をみ出され、とにかくお変りのていはあらそえない。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
笛をよくする美しい女がかしずいているということから、彼らの石舟斎に対する尊敬と親密が、従って、彼女にまで及ぼしている実証であった。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
口実にしたりして、お城から出るとみな里家さとへもどったきり帰らなくて困る。わけてむろのおつぼねかしずく女たちが手不足で困り入る
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夜も寝られない容子ようすであった。その良人へ、静は、どんなに心をこめてかしずいても、慰めきれない思いだった。——ては、共に手を取り合って
日本名婦伝:静御前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
日頃から傅役もりやくとしてかしずいていた郎党であろう。解いた紐で眼の涙をきながら、答えると、辞儀をして、うしろへ退った。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分と濃い血液のつながっている数代前の祖先、伊藤五郎大夫は、道元禅師どうげんぜんじかしずいて、やはり支那へ渡った人であった。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
女院をはじめ、かしずく女官たちは、べつな意味で、ほっと心を安めた。というのは、陰に陽に、六波羅の詮議せんぎ威嚇いかくがここにも及んでいたからである。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ここでは、みかどの夜のお伽にまだいちども、かしずいておられまい。こよいあたりひとつ黒木の御所へ伺うてみては」
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
風がふくと、壁やうつばりの土がこぼれる。そうした本堂に、寧子ねねは老母にかしずいて住み、僧房のほうには、身内の幼い者や年寄や侍女たちを住まわせていた。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
萩乃は心のうちで、これは八雲の側にかしずいたきりで、あの小田原のやしきに幾年も閉じこめられていた恩恵だと思った。
篝火の女 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
他愛もない言葉ながら、伊織の気持はうれしいものだった。彼は自分のかしずいている先生が、いかに貧しいかを、子供ごころにも常に案じているふうなのだ。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)