一瞬いっしゅん)” の例文
ぼくは一瞬いっしゅん度胆どぎもかれましたが、こんな景色とて、これが、あの背広を失った晩に見たらどんなにつまらなく見えたでしょうか。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
柳吉は反対側のかべにしがみついたままはなれず、口も利けなかった。おたがいの心にその時、えらい駈落ちをしてしまったというくい一瞬いっしゅんあった。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
もっとも、この疑いはほんの一瞬いっしゅんだった。かれはいそいでそれを打ち消したし、疑いそのものが、あとまでながくかれを苦しめたわけではなかった。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
それもほんの一瞬いっしゅんのこと、すぐに闇は青びかりをもどし、花の像はぼんやりと白く大きくなり、みだれてゆらいで、時々は地面じめんまでもかがんでいました。
ガドルフの百合 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
一瞬いっしゅん、部屋のなかは、シーンとしずまりかえった。あまり意外な机博士の言葉に、木戸も、波立二も、仙場の甲二郎も、呆気あっけにとられてポカンとしていた。
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
片道八キロ、大人おとなのことばで二里という道のりは、一年生の足の経験でははかりしれなかった。とほうもない遠さであり、海の上からは一瞬いっしゅんで見わたす近さでもある。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
思出の記は一瞬いっしゅん水煙みずけむりを立てゝ印度洋の底深そこふかく沈んで往ったようであったが、彼小人菊池慎太郎が果して往生おうじょうしたや否は疑問である。印度洋は妙に人を死にさそう処だ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
子路は一瞬いっしゅん耳を疑った。この窮境に在ってなお驕るなきがために楽をなすとや? しかし、すぐにその心に思いいたると、途端とたんに彼は嬉しくなり、覚えずほこを執ってうた。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
おや、まあ、横たわっているのは、なんでしょう? 一瞬いっしゅん、アンネ・リスベットは、ぎょっとしました。けれども、よくよく見れば、べつに、びっくりするほどのものではありません。
ふいをうたれた巡査じゅんさは、一瞬いっしゅんたじろいだが、猛然もうぜんと男にくみついていった。
ただ父の手が私をしのけているような感じが、しょっちゅうあって、それが邪魔じゃまになったのだ! その代り、父さえその気になれば、ほとんど一瞬いっしゅんにして、ただの一言ひとこと、ただの一動きでもって
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
と、坂本さんが、ぼくのかたたたき、「秋子ちゃんからじゃないか」と笑いながら、言います。皆の顔が、一瞬いっしゅん憎悪ぞうおゆがんだような気がしました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
一瞬いっしゅん由旬ゆじゅんを飛んでいるぞ。けれども見ろ、少しもうごいていない。少しも動かずにうつらずに変らずにたしかに一瞬百由旬ずつ翔けている。実にうまい。)
インドラの網 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
荒田老は、しかし、眼がよく見えないせいか、黒眼鏡の方向を一点にくぎづけにしたまま、びくとも動かなかった。一瞬いっしゅん、場内の空気が、くすぐられたようにゆらめいた。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
が、このときどこからともなく煙がふきだしたと思ったら、カーテンが一瞬いっしゅんほのおと化した。
鞄らしくない鞄 (新字新仮名) / 海野十三(著)
茫々ぼうぼうたる過去と、漠々ばくばくたる未来の間に、この一瞬いっしゅんの現今は楽しい実在じつざいであろう。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
恐怖きょうふ一瞬いっしゅん
そこでは、あらゆることが可能かのうである。人は一瞬いっしゅんにして氷雲ひょううんの上に飛躍ひやく大循環だいじゅんかんの風をしたがえて北にたびすることもあれば、赤い花杯はなさかずきの下を行くありかたることもできる。
一瞬いっしゅん、船はとまり、時も停止し、ただ、この上もなく、じいんとあおい空と、碧い海、暖かい碧一色の空間にぼくはけ込んだ気がしたが、それもつか、ぼくは誰かにみられるのと
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
一瞬いっしゅん、足下が水にうかぶ木の葉のようにゆれるのをかんじたが、つぎの瞬間、こわごわカーテンのかげから顔をだしてみると、こはそもいかに、木戸も仙場甲二郎も、小男も猫女も立花カツミ先生も
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
恭一も次郎も、一瞬いっしゅん息をつめて、その人影を凝視ぎょうしした。
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)