一心いっしん)” の例文
子家鴨こあひるはみんながれだって、そらたかくだんだんとのぼってくのを一心いっしんているうち、奇妙きみょう心持こころもちむねがいっぱいになってきました。
東に迷い、南に迷い、彼女かれは実に幾時間を費したか知らぬが、人の一心いっしんは怖しいもので、うやらうやら難所なんじょ乗切のりきったらしい。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
といって、ある日そっとむすめあとから一間ひとまはいってきました。そしてむすめ一心いっしんかがみの中に見入みいっているうしろから、けに
松山鏡 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
そのとき女は前に置かれた新聞紙を一心いっしんになってみつめていたが、ちょっとの間その表情が動いたかと思うと、ますます烈しい凝視をつづけた。
香爐を盗む (新字新仮名) / 室生犀星(著)
しかし、法師は、寺男のことばをききいれるどころか、ますます一心いっしんに、ますます高らかな声で、ぎんじつづけています。
壇ノ浦の鬼火 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
人の噂もせず世間話も何もない人のようです。こういう人が一心いっしんになってお金をためると、おそろしいものです。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
私、その猫に、一心いっしんに祈った。そして、金目銀目きんめぎんめの猫、見つかった。それで、私、なお祈った。無事に蒙古もうこへ帰られるかどうか、赤土で猫を作って、うらないした。
金の目銀の目 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
じゃ、わたしの顔が見えるかいと一心いっしんに聞くと、見えるかいって、そら、そこに、写ってるじゃありませんかと、にこりと笑って見せた。自分は黙って、顔を枕から離した。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
というのが、にとるようにこえるので、ぼうさんはもういよいよ絶体絶命ぜったいぜつめいとかくごをきめて、一心いっしんにおきょうとなえながら、はしれるだけはしって行きました。
安達が原 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
が、林太郎はおっかさんに会いたい一心いっしんから、もうあぶないこともこわいことも忘れてしまったのでした。
あたまでっかち (新字新仮名) / 下村千秋(著)
それから一心いっしんに、笛をふきはじめました。なんともいえないうるわしいがひびきわたりました。エキモスはもうなにもかもわすれて、むちゅうにふきつづけました。
銀の笛と金の毛皮 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
門口かどぐちに柳のある新しい二階家からは三味線が聞えて、水に添う低い小家こいえ格子戸外こうしどそとには裸体はだかの亭主が涼みに出はじめた。長吉はもう来る時分であろうと思って一心いっしんに橋向うを眺めた。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
もうそとはまっくらになっていましたが、おばあさんはよくばった一心いっしんでむちゃくちゃにつえをつきてながら
舌切りすずめ (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
「ひょっとしたら、おっかさんに会いたい一心いっしんで、土浦つちうらまでいったかもしれないぞ。」
あたまでっかち (新字新仮名) / 下村千秋(著)
きさきはじめおそばの人たちが心配しんぱいしますと、高麗こまくにから恵慈えじというぼうさんが、これは三昧さんまいじょうるといって、一心いっしんほとけいのっておいでになるのだろうから
夢殿 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
するとこれはまた意外いがいのことに、法師がただひとり、安徳天皇あんとくてんのうのみささぎの前にたんして、われを忘れたように、一心いっしんふらんに、びわをだんじ、だんうら合戦かっせんきょくぎんじているのでありました。
壇ノ浦の鬼火 (新字新仮名) / 下村千秋(著)