“しんぎ”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
真偽35.3%
神祇26.5%
信義11.8%
審議5.9%
申儀2.9%
眞僞2.9%
信偽2.9%
信誼2.9%
晋魏2.9%
眞疑2.9%
神技2.9%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
と、銀銭若干じゃっかんを二人の百姓に与えて帰したが、にわかに、あわてるふうもない。——いや、まだその真偽しんぎを疑っていたのである。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だからまだ、布告の大礼までにはいたらないが、今日以後は、このきみを以て天子とするという、践祚の礼は、天地の神祇しんぎに誓われたわけである。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「なんとあなたがいおうとも、わたしはここにのこる決心です。わたしは信義しんぎを第一におもんじるよう教育されてきたのです」
海底大陸 (新字新仮名) / 海野十三(著)
内務省の警保局関係者は、私の発行した書物についてとかくの審議しんぎをしており、それは自然的絶版ぜっぱんの姿にしてくれという。文部省では、学説分類の調査書を作り、その中に私の書物も出ている。
親は眺めて考えている (新字新仮名) / 金森徳次郎(著)
「山の西、十里の麓に、蜀の一陣がある。汝は、それへ攻めかかれ。われは申耽しんたん申儀しんぎのふた手を指揮し、山上の命脈を、たち切るであろう」
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それを司馬懿に密告してきたのは、金城の太守申儀しんぎの一家臣だった。孟達は、金城と上庸じょうようの両太守に、すでに秘事をうちあけて、洛陽攪乱こうらんの計をそろそろ画策し始めていたのであった。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
きかれ其方共顏を上よと有しに兩人は恐る/\少しかほあぐる時駕籠のりものの中より熟々つく/″\と見らるゝに(此時は所謂いはゆる誠心せいしん虚實きよじつ眞僞しんぎおもてあらはるゝを見分る緊要きんえうの場なりとぞ)
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
仕つり其節そのせつ切腹せつぷく仕るべき覺悟かくごに候然らば當年中にはよも御對顏のはこびには相成まじく其内に眞僞しんぎ判然はんぜんも仕らんかと所存を定め候あひだ今晩こんばん亡者まうじや姿すがたにて不淨門の番人を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
Hさんは三沢からその臆測の知識を間接に受けているかも知れなかったけれども、こっちから露骨に切り出さない以上、その信偽しんぎも程度も、まるで確める訳に行かなかった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いやしくも沼南は信誼しんぎを重んずる天下の士である。
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
そして新しい天子が晋魏しんぎの地方に興るきざしではあるまいか。——と王立は、そんな予言をしておりました
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
宗助そうすけ出來できだけまはして、こと眞疑しんぎさぐつた。さうして、關係くわんけいから、安井やすゐがたしかに奉天ほうてんにゐることたしかた。同時どうじかれ健康けんかうで、活溌くわつぱつで、多忙たばうであることたしかた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
裾野すそのにいたころは富士ふじ山大名やまだいみょうむすめ——胡蝶陣こちょうじん神技しんぎ——猛獣もうじゅうのような野武士のぶしのむれを自由自在じざいにうごかした咲耶子である。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)