“のぶよし”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
信好36.4%
信義27.3%
信美9.1%
信吉9.1%
信賀9.1%
矢徳9.1%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
清内路とは半蔵が同門の先輩原信好のぶよしの住む地であり、座光寺とは平田大人うしの遺書『古史伝』三十二巻の上木じょうぼくに主となって尽力している先輩北原稲雄の住む村である。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「これは柳沢家の系図です、つきあわせてごらんなさい、五代の信光は武田五郎といって、大膳大夫信義のぶよしからわかれたことになっているでしょう、信義はみどうの初代、あきらかに武田氏の直流ということになります」
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
信栄は合智がふち氏をめとつて、二子を生ませた。長が信美のぶよしあざなは文誠、法名称仙軒、が鎌吉である。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
先代信栄の歿した時、嫡子信美のぶよしいとけなかつたので、隠居信政は井出氏門次郎を養つて子とした。信政は門次郎にめあはするに信栄の妹曾能そのを以てしようとして、心私こゝろひそかにこれを憚つた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
錦橋十八世の祖頼氏よりうぢの弟信吉のぶよしは水津重時の家を継いだ。降つて錦橋の高祖父信重は、実は信吉十二世の孫水津信道の子であつた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
書上に詮応を「叔父」と称してある。系図錦橋本に従へば、詮応は嵩山すうざんの孫である。京水本に従へば信重のぢよ溝挾みぞはさ氏室に瀬兵衛某と信之のぶゆきとの二子があり、信之に信吉のぶよしと詮応との二子があつた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
『真田家古老物語』の著者桃井友直は「按ずるに初は、信繁と称し、中頃幸重、後に信賀のぶよしと称せられしものなり」と云っている。
真田幸村 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
田中矢徳のぶよし等のごとき民間の数学教育家ないしは教科書著訳者が盛んに出現すると共に、やや後れて菊池大麓、寺尾寿、藤沢利喜太郎等のごとき大学教授にして、中等教科書の作製に深き興味を感じ