間人まうと)” の例文
いわゆる散所法師原を、間人まうと在家人ざいけにんとともに使役しているのである(間人のことは他日本誌上で詳細発表したいと思っている)。
俗法師考 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
ところで特にこの仙北地方に、他では半人はしたまたは間人まうとなどと呼ばれた小作百姓のことを、タヤと呼んだのは一考に値する。
春雪の出羽路の三日 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
横地君の報告によってこれを観れば、間人まうと間脇まわきとその名義は違っているけれども、実は同一階級のものを指したものであることは疑いを容れぬ。
間人考 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
右の間人まうと間男まおと間脇まわきなど呼ばれたものは、必ずしも昔の間人はしひとの後裔だという訳ではないが、ともかくも一時落伍者として無産階級に落ちた為に
間人考 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
徳川時代においても事実駆使に任じて「あるき筋」と呼ばれたものは、村方において間人まうと百姓などよりも下位に置かれた。
間人考 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
すなわちいわゆる間人まうと階級のものでなければならぬ。
賤民概説 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)