牽牛花けんぎうくわ)” の例文
書牘の云ふ所に拠るに、茶山は四十年前に漳州牽牛花けんぎうくわの種子を獲たさうである。文化十四年丁丑より四十年前は安永六年丁酉で、茶山は二十九歳、景樹は十歳である。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
茶山は四十年前にひるしをれぬ漳州産の牽牛花けんぎうくわを栽培してゐた。景樹が三十年前に其種子を得て植ゑ、歌を詠んだ。茶山は「私はしる人にあらず、伝へゆきしなり」と云つてゐる。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
江戸書画角力は相識のかほもあり、此蕣角力あさがほすまふは名のりを見てもしらぬ花にてをかしからず候。前年御話申候や、わたくし家に久しく漳州しやうしうだねの牽牛花けんぎうくわあり。もと長崎土宜みやげに人がくれ候。卌年前也。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)