椎根津彦シヒネツヒコ)” の例文
神武紀に書き残された、椎根津彦シヒネツヒコ弟猾オトウカシとの二人が、香具山のハニツチを大和の代表物モノザネとして、呪する為にとりに行つた話に、其が見られる。
田遊び祭りの概念 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
さうすると、椎根津彦シヒネツヒコ乙猾オトウカシの翁嫗姿の原意も、やはり遠くより來るおとづれ人を表す者であつたことに思ひ當るであらう。
敵の邑落を幾つも通らねば行けぬ天香山カグヤマの埴土を盜みに遣るのに、椎根津彦シヒネツヒコに弊れた衣に簑笠を著せて、老爺に爲立て、弟猾オトウカシに箕を被かせて、老媼の姿に扮せしめたことが出て居る。
椎根津彦シヒネツヒコは蓑笠著て老爺、弟猾オトウカシは箕をかづいて老媼となつて、誓約ウケヒの呪言をして敵地に入り、天香山カグヤマの土を持つて帰り、祭器を作つて呪咀をした(神武紀)。此も常世神の俤であつた。
香具山の土を、大和の代表物モノザネとして呪する為に取りに行つたのは、椎根津彦シヒネツヒコ弟猾オトウカシとでした。弟猾は男の様に考へられて来ましたが、兄猾を兄か姉かとしても、此は、女性の神巫だつたのです。
翁の発生 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)