物書ものかき松本甲子蔵まつもときねぞうがこれにしたがっていた。駕籠かごうちに坐した戸沢が、ふとかたわらを歩く松本を見ると、草鞋わらじの緒が足背そくはいを破って、鮮血が流れていた。戸沢は急に一行をとどまらせて、大声に「甲子蔵」と呼んだ。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)