子龍しりゅう)” の例文
そう関門へ告げに来た者は、すなわち趙雲ちょううん子龍しりゅうであったが、正使は諸葛孔明その人であり、玄徳の名代として従者五百余をつれて上陸した。
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「それがしは、常山真定じょうざんしんてい河北省かほくしょう正定せいていの附近)の生れゆえ、そこへ帰ろうとする者です。趙雲ちょううんあざな子龍しりゅうと云います」
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「それがしは、荊州の臣、趙雲ちょううん子龍しりゅう。主人玄徳の命をうけ、これまでお出迎えに参りました。遠路、難所を越えられ、さだめしお疲れでしょう。いざあれにてご休息を」
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「それがしは、常山真定じょうざんしんていの生れで、趙雲ちょううんあざな子龍しりゅうともうす者。仔細あって公太守の陣中にとどまり、微功を立てましたが、まだ若輩の武骨者にすぎません。どうぞ将来、よろしくご指導ください」
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これなん真定常山しんていじょうざん趙雲ちょううんあざな子龍しりゅうその人であった。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
源光圀げんみつくにあざなは子龍しりゅう……。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)