天狗党てんぐとう)” の例文
水戸の天狗党てんぐとうがいよいよ旗上げしようとした時、八兵衛を後楽園こうらくえんに呼んで小判五万両の賦金を命ずると、小判五万両の才覚は難かしいが二分金なら三万両を御用立て申しましょうと答えて
元治元年三月二十七日筑波山に立籠った武田耕雲斎たけだこううんさい天狗党てんぐとうが同年四月三日日光に向うみぎり、途中から脱走して江戸へ紛れ込んだのが、この袈裟がけの辻斬人水戸浪士の伊丹大之進であった。