“あつひと”の漢字の書き方と例文
語句割合
敦仁100.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
此時大臣の官なかりしゆゑ、大納言にて執政たり。此年七月三日 宇多帝(うだてい)御位(みくらゐ)を太子敦仁(あつひと)親王へ譲(ゆづ)り玉ひ朱雀(すじやく)院へ入らせ玉ひ、亭子(ていじ)院と申奉り、御法体(ほつたい)ありては 寛平法皇(くわんびやうほふわう)とぞ申奉る。
此時大臣の官なかりしゆゑ、大納言にて執政たり。此年七月三日 宇多帝(うだてい)御位(みくらゐ)を太子敦仁(あつひと)親王へ譲(ゆづ)り玉ひ朱雀(すじやく)院へ入らせ玉ひ、亭子(ていじ)院と申奉り、御法体(ほつたい)ありては 寛平法皇(くわんびやうほふわう)とぞ申奉る。
 敦仁(あつひと)親王を 醍醐(だいご)天皇とも後(のち)よりは延喜帝とも申奉る。(御年十三)年号を昌泰(しやうたい)と改元す。同二年時平公左□臣、 菅神右□臣相倶(あひとも)に 帝(みかど)を補佐(ほさ)し奉らる、時に時平公二十七、 菅神五十四。
 敦仁(あつひと)親王を 醍醐(だいご)天皇とも後(のち)よりは延喜帝とも申奉る。(御年十三)年号を昌泰(しやうたい)と改元す。同二年時平公左□臣、 菅神右□臣相倶(あひとも)に 帝(みかど)を補佐(ほさ)し奉らる、時に時平公二十七、 菅神五十四。