闖入者ちんにゅうしゃ)” の例文
祭壇に近い人々は、さすがに振向きもしなかった。が、会葬者のほとんど過半が、此無遠慮な闖入者ちんにゅうしゃに対して叱責しっせきに近い注視を投げたのである。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ああ、手がつけられない! 兵馬も、うたた感心して、闖入者ちんにゅうしゃというものの扱いにくいことを、今更しみじみと身に覚えたのでしょう。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それに薬物室の闖入者ちんにゅうしゃ——と以上の三人が、算哲をたおし、あの夜ダンネベルグ夫人の室に侵入した人物と同一人だという事だった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
それにしても自分たちの眼にも見えない闖入者ちんにゅうしゃの名を、幼いお春がどうして知っているのであろう。それが第一の疑問であった。
半七捕物帳:01 お文の魂 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
と、気早やなとびの者が一人、この気味の悪い闖入者ちんにゅうしゃの方へ飛んで行ったが、手にした匕首——しかも血みどろなのを眺めると
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
話し手のいる方角は、彼等の声の響だけではなく、数羽の鳥がまだその闖入者ちんにゅうしゃたちの頭上に驚いて舞っている様子でも、かなり精確にわかった。
あの石ノ庭、局々つぼねつぼね、およそ柳営の隅々までをいま、足音のない闖入者ちんにゅうしゃのような薄煙が、所きらわず這いまわっている——。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
普通の娘なら、そんな闖入者ちんにゅうしゃを見たら、奥へ逃げ込むか、人を呼ぶかする筈だが、美禰子さんは普通の娘ではなかった。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それにすずめの巣に燕が顔を出したとしたら、それは闖入者ちんにゅうしゃということになりはしないだろうか。雀の家庭には雀の家風というものがあるのだろうから。
落穂拾い (新字新仮名) / 小山清(著)
不意の闖入者ちんにゅうしゃがあったので、びっくりして離れ離れになってちあがったが、入って来た者が奴さんだと知ると、平生へいぜいからばかにしきっている女は
雨夜草紙 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
うつらうつらと三尺の庭にも陽炎かげろうの舞う昼下がりでした。仮名草紙を出して、九郎判官義経かなんかにあこがれていると、いきなりこの闖入者ちんにゅうしゃです。
この闖入者ちんにゅうしゃどもにいとも情け深くほほえみかけ——黒い羽毛飾りのついた頭で彼らに気高く会釈をし——それから立ち上ると、一人一人の腕をとり
不時の闖入者ちんにゅうしゃを見て二人は、はっと身を退けましたが、私はむらむらと湧き起る憎念の抑え難く、房枝っ、と叫び態
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
ようやく周囲に目の馴れて来た彼は突然の闖入者ちんにゅうしゃの自分のために隅の方へ寄って小さくなっている一人の娘の姿を認めた。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
私は一瞬間このグロテスクな闖入者ちんにゅうしゃに驚かされましたが、直ぐ眼前の敵である細田氏の姿に眼をうつしました。
三角形の恐怖 (新字新仮名) / 海野十三(著)
度胆どぎもを抜かれるほど驚ろいたのは、その部屋に、かろうじて、うすものをつけた、或は、それこそ一糸もまとわぬ全裸な若い少女が二十人ほども、突然の闖入者ちんにゅうしゃ
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
私達は、この突然の闖入者ちんにゅうしゃの濃いひげでかくれた、中年の苦悩に刻まれた古銅色の顔、霜枯れた衣服の下で凍った靴に、死人のようなはだのぞいているのを見た。
バルザックの寝巻姿 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
皆の者は驚いて、四方あたりにとび散りながら、眼をみはって闖入者ちんにゅうしゃを見る。仮面の男は扉の前でばったりたおれる。
探偵戯曲 仮面の男 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
それもあとで聞いたので、小県がぞッとするまで、不思議に不快を感じたのも、赤い闖入者ちんにゅうしゃが、再び合掌して席へ着き、近々と顔を合せてからの事であった。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なにしろ闖入者ちんにゅうしゃはそれだけではなく、肥えた幼児の次には三つくらいの、痩せた、あか毛の女の児があらわれ、そのあとから四歳と五歳ばかりになる男の子が二人
百足ちがい (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
この人を無礼な闖入者ちんにゅうしゃのように初めは思っていた女王が、近年になって互いに友情を持ち合うようになり、自尊心を傷つけない程度の交わりをしていたのであるが
源氏物語:42 まぼろし (新字新仮名) / 紫式部(著)
それは、指を鳴らしたような出来事だった。私は、ルセアニア人へ話しかけようとしていた言葉を、唇の上でみ消したまま、この不可抗力による闖入者ちんにゅうしゃ観察スタディした。
踊る地平線:10 長靴の春 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
五燭の灯の下にぼんやり照し出されるあわれな狼藉ろうぜきの有様は、何か動物が生命をつなぐことのためにわずかなものを必死と食いむさぼる途中を闖入者ちんにゅうしゃのために追い退けられた跡とも見える。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
羅卒はそれにも明瞭はっきりしたことが云えず、手をあげて闖入者ちんにゅうしゃを案内しているのであった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
窮屈な一つ蚊帳かやのなかにまくらを並べるのだったが、世帯しょたいが彼女の世帯で、その上子供や女中もいるので、気持に落着きもなかったし、葉子も時には闖入者ちんにゅうしゃに対するような目を向けるので
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ところが正九郎のそのはれものに、突如とつじょあらわれた闖入者ちんにゅうしゃが手をふれたのである。
空気ポンプ (新字新仮名) / 新美南吉(著)
火事装束の武士達一がんとなって追い迫ったが、先ほどからこの不意の闖入者ちんにゅうしゃをみとめて、泰軒を捨てて馳せ集まっていた化物屋敷の面々、今は自分の頭上の火の子だから、栄三郎ともども
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
例えば大勢の聴衆に向って話している時、私は不意に瞑想に襲われることがある。そのときこの不可抗の闖入者ちんにゅうしゃは、私はそれを虐殺ぎゃくさつするか、それともそれに全く身をまかせてついてゆくかである。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
それでも足りないで光ちゃんのことまでも「寝室の闖入者ちんにゅうしゃ」だの「家庭の破壊者」だのと、——あたし自分のことだけなら堪忍するけど、光ちゃんのことをいわれたのでもう我慢ならなかった。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それは土地っ子の声の、より大きな音域と声量とによってハドスン湾からこの闖入者ちんにゅうしゃをあばき、はずかしめ、コンコード界隈から彼をブーフーと叱って追っ立てる決心であるかのようであった。
それなる不意の闖入者ちんにゅうしゃばかりは、夜物が見えるふくろうの目玉でも備えつけているのか、鼻先をつままれてもわからないようなやみの中に寝ころがっている右門のさかやきが少々伸びているのを
今や尋ねかけるのは闖入者ちんにゅうしゃなる彼の方であった。
かりに二人がいたところへ、あの闖入者ちんにゅうしゃがあったとしたら、そうして、あの女が、あのわがままを働いたとしたらどうだろう。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
この無作法に一同がすっかり驚き、まだ一人もその驚きがしずまらないうちに、その闖入者ちんにゅうしゃの声が聞えたのであった。
京姫はこの恐る闖入者ちんにゅうしゃが、男性であることを意識し乍ら、不思議に恐れる気持が無くなってしまいました。
むしろこれへ入って来た闖入者ちんにゅうしゃの来意を問わんとするかのような態度だった。またどこか、吐雲斎とうんさいの毛利時親の風貌を思わせるようなところがなくもない。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「小太ちゃんが、貴女あなたがきっと、ここにいらっしゃるから、誘って行こうって、僕を連れて来たんです。」青年は、何か闖入者ちんにゅうしゃであるかのように、弁解した。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
しかしこの言葉は顧みられず、一発も撃たれなかったので、闖入者ちんにゅうしゃの一人だけ生き残った奴は逃げおおせて、他の連中と一緒に森の中へ姿を消してしまった。
順作はよけいなことを云っていい気もちになっていた女を怒らした闖入者ちんにゅうしゃが憎くて憎くてたまらなかった。
藍瓶 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ただ闖入者ちんにゅうしゃが来て、経験したこともない恥ずかしい思いを味わわされたについても、中の君はどう思うことであろうと、せつなく苦しくて、うつ伏しになって泣いていた。
源氏物語:52 東屋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
署長を始め刑事達は、あっけにとられて、不思議な闖入者ちんにゅうしゃの姿を眺めた。そんなことがあり得るだろうか。まさか、この男が彦太郎の家にあった桐の下駄を穿いたとも思われぬ。
夢遊病者の死 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ただ折々に何処どこからか野良猫がさまよって来ますが、この闖入者ちんにゅうしゃは棒やほうきで残酷に追い払われてしまいます。夜は静です、実に静です。支那の町のように宵から眠っているようです。
二階から (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
もっとも、これまでにメントール侯の居間は、幾度も秘密の闖入者ちんにゅうしゃのために捜査されたらしいが、遂に一物も得なかったという。だから、宝物はまだ安全に、そこに隠されてあるのだと思う
暗号音盤事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
あ、この幽艶ゆうえん清雅な境へ、すさまじい闖入者ちんにゅうしゃ! と見ると、ぬめりとした長い面が、およそ一尺ばかり、左右へ、いぶりを振って、ひゅっひゅっと水をさばいて、真横に私たちの方へ切って来る。
半島一奇抄 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しげしげと不意の闖入者ちんにゅうしゃを見ながめていましたが、ひと目に八丁堀衆とわかる巻き羽織した名人のそでの陰に、小娘がおどおどしながらたたずんでいるのに気がつくと、やにわに顔色を変えながら
家族をかかえた彼らは、身を避ける場所を見つけるひまもなかった——闖入者ちんにゅうしゃたちの情にすがって、わがものであったが、わがものでなくなった馴染なじみの物置に、一夜の雨露をしのぐ境遇にちた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
突然の闖入者ちんにゅうしゃ門倉平馬、必死の形相で、またも叫んだ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
そこで、人のよい闖入者ちんにゅうしゃはいよいよ、いい気持になって、深々と椅子に腰をおろして、ついに懐中からマドロスパイプを取り出してしまいました。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
こういきなりまくし立てられたので、顔負けしたというか、さすがの二人も、この細ッこい闖入者ちんにゅうしゃのために、すっかり座興をさらわれてしまった形で沈黙していた。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その次に載っている桑田の小説「闖入者ちんにゅうしゃ」だって、渾然こんぜんとしてまとまった小品だ。あいつのきびきびした筆致を見た時、俺は桑田にだってとてもかなわないと思った。
無名作家の日記 (新字新仮名) / 菊池寛(著)