はい)” の例文
殆ど気を失った夫人の身体を大樹の蔭の草の上に寝かせて置いて、堤に引返すと、彼は川の所まではいおりて、汚い水をすくって飲んだ。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そんなときに、ずっと向うの、蔵と蔵との間の低い屋根に、小さな小僧がはい出して来て、重そうな布団をひっぱり出して干すのをよく見た。
千載茲許ここもとに寄せては返す女浪めなみ男浪おなみは、例の如く渚をはい上る浪頭の彼方に、唯かたばかりなる一軒だち苫屋とまやあり。
片男波 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
やがて仄暗ほのぐらい夜の色が、縹渺ひょうびょうとした水のうえにはいひろがって来た。そしてそこを離れる頃には、気分の落著おちついて来たお島は、腰の方にまたはげしい疼痛とうつうを感じた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
とうとう、彼等はお蝶さんの家にはいりこんで来て、代る代る、お蝶さんに暴行を加え、後にはお蝶さんの家を根城として、お蝶さんを彼等のめかけのようにしてしまいました。
狂女と犬 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
或晩このトラが、炬燵こたつはいって来て如何にも元気がない、やっと炬燵の上へ這い上ったところを見るとぺしゃんこになって、一枚と云いたいほど平べったくなってしまって居る。
娘は市中へははいらずに、寺院の横から東へれ、林をぬけると小丘へ登り、更に小丘を下りますと小広い河の岸へ出て、それから河岸を上流の方へ、ずんずん歩いて行くのでした。
西班牙の恋 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
のたりと蚯蚓みみず雨乞あまごいに出そうな汐筋しおすじの窪地を、列を造って船虫がはいまわる……その上を、羽虫の大群おおむれが、随所に固って濛々もうもうと、舞っているのが炎天に火薬の煙のように見えました。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
少し待てばみさうである。二人ふたりは大きな杉のしたはいつた。雨をふせぐには都合のくないである。けれども二人ふたりともうごかない。れても立つてゐる。二人ふたりさむくなつた。女が「小川さん」と云ふ。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
子供はい起きて爺々ちゃん菓子の代給えという。十二三文を与うれば、これも外の方へ走りづ。しかしてなお残る銭百文または二百文もあらん。酒の代にやしけん、積みて風雨の日の心あてにや貯うるならん。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
その晩は月は何処のもりにも見えなかった。深くすみわたった大気の底に、銀梨地ぎんなしじのような星影がちらちらして、水藻みずものようなあお濛靄もやが、一面に地上からはいのぼっていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼女は、自分をこんなに困らせる家人おとなを、自分も困らしてやろうとばかり考えた。暗いの遠い味噌蔵にはいっている、青大将もこわくなければ、いたずらに出てくるねずみにもれた。