薬鑵やかん)” の例文
旧字:藥鑵
とツカ/\と立ち戻って来て、脇に掛って有った薬鑵やかんを取って沸湯にえゆを口から掛けると、現在我が子與之助の顔へ掛ったから、子供は
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
障子が段々だんだんまぶしくなって、時々吃驚びっくりする様な大きなおとをさしてドサリどうと雪が落ちる。机のそばでは真鍮しんちゅう薬鑵やかんがチン/\云って居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
今年ことしも来月一月ひとつきだもの。」と女は片手に髪を押え、片手に陶器の丸火鉢まるひばちを引寄せる。その上にはアルミの薬鑵やかんがかけてある。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
自分の子供の時分に屋内の井戸の暗い水底に薬鑵やかんが沈んだのを二枚の鏡を使って日光を井底に送り、易々と引上げに成功したこともあった。
異質触媒作用 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
このすぐ前に、みきが鉄の薬鑵やかんを持って来て、それを炭にのせた。一方老人は我々に香の箱を見せ、我々はそれを調べ、香を嗅ぐのであった。
茶は川水をんで来て石のかまど薬鑵やかん掛けて沸かすので、食ひ尽した重箱などはやはりその川水できれいに洗ふてしまふ。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
そして起き上ると薬鑵やかんの口から生ぬるい水をごくごくと音をさせてんだ。その水も洗面用の給水を昼の間に節約しまつしておかねばならないのであった。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
中央に立った銀次は、すこし得意そうに汗を拭き拭きお辞儀をしては、横の火鉢に掛かっている薬鑵やかん白湯さゆを飲んだ。
骸骨の黒穂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
『おもしろそうだが、その学説は、弁当を食べながら聞かしてもらおう。待ちたまえ、今、薬鑵やかんを持ってくるから』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
右手の窓下にはフライ鍋やスープ鍋、瀬戸びきの大きな杓子しゃくし薬鑵やかんなどが雑然とぶらさがっている、これが台所だ。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
半七 なるほど金物屋の番頭だけに、薬鑵やかんあたまに出来ていやあがる。どんな音がするか、おれに叩かしてみろ。
勘平の死 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
知っておりますだけのことは逐一申上げるつもりで薬鑵やかんを二つ並べてここでお待ちしていたようなわけで……
こての突き刺してある火鉢の中を覗いてみても、炭火を深くいけ込んだ上に、灰が綺麗に筋目を立てゝならしてあり、三徳の上に載せてある瀬戸引の薬鑵やかんまでが
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
宗助は次の間にある亜鉛トタンの落しのついた四角な火鉢ひばちや、黄な安っぽい色をした真鍮しんちゅう薬鑵やかんや、古びた流しのそばに置かれた新らし過ぎる手桶ておけを眺めて、かどへ出た。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「あはは……。薬鑵やかん頭から湯気が出ているとは、はてさて茶漬けの用意でござるか。ても手廻しのよい」
猿飛佐助 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
自分は同じ穴に二匹んでいる蟋蟀を勝手に所謂「原配」ときめて、二匹一緒に糸でしばって、生きているのをそのまま薬鑵やかんの熱湯に投げ込めばそれでよかった。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
鉄瓶てつびん薬鑵やかん、どんぶり鉢、何んでも手あたり次第に清江に投げつけ、「出て行け、帰れ。」といいつづける参右衛門の口癖も、今夜は結婚式で上機嫌に歌を謡っている。
と米友が詫言わびごとをいって、土間へ入り込んで来た時分に、土間では一斗も入りそうな薬鑵やかんのつるされた炉の周囲に、寺侍だの、寺男だのが、腰掛で雑談の真最中であります。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
大石は今顔を洗って帰って来て、更紗さらさの座布団の上に胡坐をかいて、小さい薬鑵やかんの湯気を立てている火鉢を引き寄せて、敷島しきしまを吹かしている。そこへ女中が膳を持って来る。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
右の方を仰ぐと、赤沢岳が無器用な円頂閣のように、幅びろく突ッ立って、その花崗岩の赤く禿げた截断面が、銅の薬鑵やかんのような色をして、冷めたく荒い空気に煤ぶっている。
槍ヶ岳第三回登山 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
珠緒さんは泥酔のあまり吐いて苦しんだから、枕元には新聞紙をしいた洗面器と盆の上に薬鑵やかんとコップが置いてあったが、ヤカンとコップの水にモルヒネの粉末が投げこまれていた。
不連続殺人事件 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
猟師の舎に入って毛氈鉄砲薬鑵やかん小刀その他一切の什具を盗み去って諸処に匿すのだ
こがねまる おら、……いつだったか、お薬鑵やかんの中に黄金虫こがねむしを一杯つめ込んで、……お湯をかけて、焚火たきびかして、……「せんじ薬」だよってごまかして、胡蝶に飲ましちゃったイ。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
居間へ這入はいッて手探りで洋燈ランプとぼし、立膝たてひざの上に両手を重ねて、何をともなく目守みつめたまましばらくは唯茫然ぼんやり……不図手近かに在ッた薬鑵やかん白湯さゆ茶碗ちゃわん汲取くみとりて、一息にグッと飲乾し
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
薬鑵やかんの湯も沸いていようと、はるかな台所口からその権ちゃんに持って来させて、御挨拶は沢山……大きな坊やは、こう見えても人見知りをするから、とくるりと権ちゃんに背後うしろを向かせて
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
舌鼓したうちをして古ぼけた薬鑵やかんに手をさわってみたが湯はめていないので安心して
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
それでも七輪や鍋、薬鑵やかん庖丁ほうちょう俎板まないた、茶碗などが揃ったのはつい最近のことである。そしてどうやらいまのところはこの生活を維持している。けれども僕の不安定な生活も久しいものである。
落穂拾い (新字新仮名) / 小山清(著)
「ははははは。どうだい、僕の薬鑵やかんから蒸気ゆげッてやアしないか」
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
同時に膳部ぜんぶの仕度の音、薬鑵やかん飯櫃おひつの音。
新学期行進曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「そう。でも、お茶だけ入れましょうよ。おばさん。お湯がわいているなら頂戴ちょうだい。」と叫びながら下へ降り、すぐに瀬戸引せとびき薬鑵やかんげて来た。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
とこれから足を洗って上へ通ると、四尺に三尺の囲炉裏に真黒な自在を掛け、くすぶった薬鑵やかんがつるしてあります。
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
炭火を深くいけ込んだ上に、灰が綺麗きれいに筋目を立ててならしてあり、三徳の上に載せてある瀬戸引せとひき薬鑵やかんまでが、研ぎ立てたようにピカピカ光っているのである。
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
炉は土の床の中央部の四角い場所で、その上には天井から、鍋や薬鑵やかんをつるす、簡単な装置が下っている。彼等の家庭用品の多くは、日本製の丸い漆器に入っていた。
茶碗と箸と薬鑵やかんのたぐいが少しばかり転がっているのみで、他には別に眼にる物もなかった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
くびを伸ばして隣りの三畳間を覗くと、三畳間の隅に、こわれかかった七輪が置かれてあって、その上に汚くすすけたアルミニュームの薬鑵やかんがかけられている。これだと思った。
不審庵 (新字新仮名) / 太宰治(著)
火鉢にかけた薬鑵やかんの上へ膏薬を貼ってしまったり、ピンピンして働いている男の足を取捉まえて繃帯をしてしまったりすることは、先生としては大目に見なければなりません。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しまいには九段下から大手あたりのお堀へかけての大捜索まで遣ってもらったが、古バケツ、底抜け薬鑵やかん、古下駄、破れ靴、犬猫や、からかさの骨以外には何一つ引っかかって来ない。
近眼芸妓と迷宮事件 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
お弁当ができあがると、番茶の薬鑵やかんをさげて、小屋のうしろの崖の上へあがってゆき、矢車草のなかに坐って谷底の合図を待っている。河原にいる山下氏が崖の上へ片手をあげる。
キャラコさん:04 女の手 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
近い所は、起きぬけに朝飯前あさめしまえの朝作り、遠い畑へはお春っ子が片手に大きな薬鑵やかん、片手に茶受の里芋か餅かを入れた風呂敷包を重そうにげ、小さな体をゆがめておつを持て行く。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
老小使の弁蔵は、炭バケツを下に置いて、姿勢を改めていたが、それきり何も云われないので、また、大火鉢の薬鑵やかんへ水をさしたり、番茶道具を運んで来たり、物静かに用をしていた。
日本名婦伝:谷干城夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
めえ、何でも遊女おいらんに剃刀を授かって、お若さんが、殺してしまうと、身だしなみのためか、行水を、お前、行水ッて湯殿でお前、小桶こおけわきざましの薬鑵やかんの湯をちまけて、お前、惜気もなく
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
殆んど血が通ってるとは思われない、晃平たち案内者は、さすがに甲斐甲斐しい、むしろに雪をどっさり包んで、担い梯子でしょって来て、それから薬鑵やかんの中で、湯を作る、茶を煮る、汁粉を作る
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
と火鉢の薬鑵やかん一寸ちょっと取って見て
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
鉄瓶でも薬鑵やかんでもいから小さいのを借りて、急須へお湯をさす様に、宜いかえ分ったかえ
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
つまり火鉢にかけた薬鑵やかんの下から爆発して、この場の空気をかくの如く破りました。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
舟子が舟に乗りうつる時、若い娘が例の火鉢と薬鑵やかんとを持ってついて来た。
薬鑵やかん、肉ひき機械、珈琲コーヒー沸し、テンピ、くるみ割り、レモン汁絞器しぼり三鞭酒シャンペンシュ、ケチャップ・ソース、上靴、小蒲団クッサン、ピジャマ、洗面器、マニキュア・セット、コロン水、足煖炉、日章旗、蓄音機
外側の壁や窓は西洋風に見えるが、なかは柱の細い日本造りで、ぎしぎし音のする階段を上りきった廊下の角に炊事場があって、シュミイズ一枚の女が、断髪を振乱したまま薬鑵やかんに湯をわかしていた。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
さっさと、大きな土間炉どまろ薬鑵やかんのある役宅へ隠れてしまった。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
薬鑵やかんをさましていたそうですが、御覧なさい。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)