うっ)” の例文
彼女は身をかがめて、手でさわってみてそれと悟った。細かな灰がうっすらと、二、三メートルの間廊下じゅうにまいてあった。
それは初夏の明るい日で開け放した障子しょうじの外はすぐ山路やまみちになっていて、そこをあがりおりする人の影が時とすると雲霧くもぎりのようにうっすらした影をいた。
竈の中の顔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
朝の八時頃、まだ昨日の雨の名残がどこやらにうっすらと籠って、しっとりとしたいい香気の空気であった。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
三吉はゆびさして見せた。「あそこにうっすらと灰紫色に見える山ねえ、あれが八つが岳だ。ずっと是方こっちに紅葉した山が有るだろう、あのがけの下を流れてるのが千曲川ちくまがわサ」
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
既に旅人たびとの歌のところで解釈した如く、柔かく消え易いような感じに降ったのをハダラニ、ホドロニというのであって、ただ「うっすらと」というのとは違うようである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
しかしまた振り返って自分等が住んでいた甲斐の国の笛吹川に添う一帯の地を望んでは、黯然あんぜんとしても心もくらくなるような気持がして、しかもそのうっすりと霞んだかすみそこから
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
化粧水と水白粉みずおしろいとだけをうっすらと刷いた横顔が、神々しいほど淋しく見えた。その彼女を前にして、火燵の中に蹲りながらひそかに涙を流してる自分の姿が、想像のうちに浮んできた。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
また、前の年の秋頃から、時々、浅間山が噴火し、江戸の市中にうっすらと灰を降らせるようなこともあったので、旁々かたがた、何か天変の起る前兆まえぶれでもあろうかと、恟々きょうきょうたるむきも少くなかった。
平賀源内捕物帳:萩寺の女 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
すぎ鳶色とびいろになり、松は微黄びこうび、はだかになったかえでえだには、四十雀しじゅうからが五六白頬しろほ黒頭くろあたまかしげて見たり、ヒョイ/\と枝から枝に飛んだりして居る。地蔵様じぞうさまの影がうっすら地に落ちて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
怨じ顔の目元が、蜜酒の酔いに、うっすりと染まって、言うばかりなくあだだ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
しばらくすると、茶碗の水はうっすらと黄色に変った。
流線間諜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
あがり口の右側に二階の梯子段はしごだんうっすらと見えていた。哲郎は女に押あげられるようにされてあがって往った。
青い紐 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
僧は菅笠すげがさ竹杖たけづえをついていた。緑樹の色がうっすらとその白衣びゃくいを染めて見せた。
岩魚の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
と、小さな旋風つむじかぜが起ってそれがうっすりとちりを巻きながら、轎夫かごかきの頭の上に巻きあがって青いすだれたれを横に吹いた。簾は鳥の飛びたつようにひらひらとあがった。艶麗えんれいな顔をした夫人が坐っていた。
悪僧 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)