私語さゝやき)” の例文
あの林檎畠が花ざかりの頃は、其枝の低く垂下つたところを彷徨さまよつて、互ひに無邪気な初恋の私語さゝやきを取交したことを忘れずに居る。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
大人は及ばずながらにも、子供の私語さゝやきに同情ある耳を傾けなければならない。かくすることによつて、人間の生活には一轉機が畫せられるであらう。
子供の世界 (旧字旧仮名) / 有島武郎(著)
余は時雨の音の淋しさを知つて居る、然し未だかつて、原始の大深林を忍びやかに過ぎゆく時雨ほど淋びしさを感じたことはない。これ実に自然の幽寂なる私語さゝやきである。
空知川の岸辺 (新字旧仮名) / 国木田独歩(著)
あそこの窓の下に行つて、コトコトと叩いて、そこにその白い顔が出た時に、春の風のやうな微かな私語さゝやきを敢てさへすれば、それですぐにかの女は嬉々いそ/\として出て来るに相違ない。
赤い鳥居 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
汝何ぞ心ひかれて行くことおそきや、彼等の私語さゝやき汝と何のかゝはりあらんや 一〇—一二
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
夫でなければ、あゝ云ふ風に私語さゝやき合つてはくす/\笑ふ訳がない。教場へ出ると生徒は拍手を以て迎へた。先生万歳と云ふものが二三人あつた。景気がいゝんだか、馬鹿にされてるんだか分らない。
坊っちやん (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
聖書のやうに大きな本が空席くうせきの前のそれ/″\の卓子テエブルの上に載つてゐた。生徒達の低いとりとめのない私語さゝやきで充ちた幾分かゞ續いた。ミラア先生はこの不分明な音をしづめに組から組を歩いて𢌞つた。
「戦争に全勝せよ、れど我等は益々くるしまん」との微風の如き私語さゝやきを聴く、去れば九州炭山坑夫が昨秋来増賃請求の同盟沙汰伝はりてより、同一の境遇に同一の利害を感ずる各種の労働者協同して
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
ムヽ五兩と云ては吾儕おれの身では大金ながら後刻のちまでに急度きつと調達こしらへもつくるが然して金の入用と邪魔じやまの手段は如何いふわけか安心するため聞せてと云ば元益庄兵衞の耳のほとりへ口さし寄せ何事やらんやゝ霎時しばらく私語さゝやきしめすを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
灯は明々あか/\と壁をれ、木魚もくぎよの音も山の空気に響き渡つて、流れ下る細谷川の私語さゝやきに交つて、一層の寂しさあはれさを添へる。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
震へるやうな私語さゝやき、熱した心と熱した心、夜の暗い闇を隈取つた白い二つの顔、——さうした境が、夜になると、この細い裏通に起るのだ。私はこんなことを想像しながら歩いた。
百日紅 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
壽留女するめとするなどみな古實こじつなる書振かきぶりの二樽五種とは言ながらいづれも立派りつぱしたてたれば只さへせまき此家は所せまきまでならべ立られすわひまさへ有らざりけり主個あるじは何やら娘お光に私語さゝやきしめせばお光は心得何程なにほどづつかの祝儀しうぎ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
聞えよがしの私語さゝやきも洩れぬ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
柔らかい春の私語さゝやきとでも云ふ様な画は、大変宜く出来たが、石版にした故、再版から、すつかり壊れて、原画の面影が無くなつたと云うて宜い。
見物けんぶつあれと無理にすゝむる故毎度のすゝ然々さう/\ことわるも氣の毒と思ひ或日あるひ夕暮ゆふぐれより兩人同道にて二丁町へ到り其處此處そこここと見物して行歩あるく中常盤屋と書し暖簾のれんの下りし格子かうしの中におときといふ女の居りしが文藏不※ふと恍惚みとれさまたゝずみける佐五郎はやくも見付みつけなにか文藏に私語さゝやき其家へ上りしがやみつきにて文藏は
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
互に初恋の私語さゝやきを取交したのは爰だ。互に無邪気な情の為に燃え乍ら、唯もう夢中で彷徨さまよつたのは爰だ。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)