はな)” の例文
夜は夜で、君の雑誌だの本だのを読みふけって、大事な時間をつぶしたものだ。——今じゃそんなもの、はなも引っかけやしないがね。
「ぼくとのことは、一回だけです。まるで強姦でしたが、途中からマリは抵抗はしなかった」はなをすすり、彼は早口にしゃべった。
演技の果て (新字新仮名) / 山川方夫(著)
ここまでは妙子は、始終両ほおに涙のすじを引きながら、時々はなんだりしたけれども、割合に落ち着いて、理路整然と、事細かに話した。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
だが俺は、いくら貴様が、入壇したからといっても、まだ乳くさい十歳とおやそこらのはなれを、一人前の沙門しゃもんとは、認めないのだ。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
以前は私なんかにはなも引っかけなかった連中まで、一度今度の計画が知れると、まるで手の平を返すように、どこへ行っても別扱いです。
黙って父は、ただマジャルドーと酒ばかりぎ合って、ナフキンでひげばかり拭いていた。母も黙ってはなをすすって、一言も言わなかった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
「左様でございます」と、お鉄ははなをつまらせながら答えた。「いろいろの無理を云って、わたくし共をいじめるのでございます」
半七捕物帳:37 松茸 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「段て野郎は信用できねえ野郎だった」とべつの男が云った、「あいつはいつも千二百円札ではなをかむようなことばかり云ってやがった」
季節のない街 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
栄介も耳たぶに感覚がなくなり、はながしきりに出た。もうこれ以上我慢が出来ないという心境になった時、やっと式が終った。
狂い凧 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
「へエ、私も若かつたもので、そんな氣になつたこともありますが、あの人は氣が強くて利口で、私などにははなも引つかけてくれませんよ」
はなをすすりあげたチョビ安、そのまま筵をはぐって河原へ出たかと思うと、大声にうたい出した。澄んだ、あいくるしい声だ。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「なにを寝ぼけてやがる。——どじを踏んでみろ。皆からはなもひっかけられねえぜ。お前の腕は確かだろうね。焼きが廻っているんじゃないか」
年中帯をだらしなく巻き、電車の踏切のあたりで、垂れかけた帯をしめ直し、トラホームの目をこすり、ついでに袖の先ではなをこすつてゐるのだ。
古都 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
「年寄は皆鼻をかむものだが、私のはなのひどく濃いのは、脳味噌がだんだん溶けて出るのらしいよ」といわれるので、「まさか」といって笑います。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
と、せわしくそれぞれ八人の子供に声を分ち、うるんだ眼でうなずいて見せ、帽子を振り、ハンカチではなをかんだ。
ふすまの蔭で小夜子がはなをかんだ。つつましき音ではあるが、一重ひとえ隔ててすぐむこうにいる人のそれと受け取れる。鴨居かもいに近く聞えたのは、襖越ふすまごしに立っているらしい。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
手洟てばなをかんで、指についたはなをそこらへなすりつけるのは平気になっていた。上に臍のついた黒い縁なし帽子をかむり、服も、靴も、支那人のものを着けている。
武装せる市街 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
愛子がいつものように素直すなおに立ち上がって、はなをすすりながら黙って床を取っている間に、葉子はおりおり往来のほうから振り返って、愛子のしとやかな足音や
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
芭蕉の床の裾の方に控へてゐた、何人かの弟子の中からは、それとほとんど同時にはなをすする声が、しめやかにえた座敷の空気をふるはせて、断続しながら聞え始めた。
枯野抄 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
階下でしきりに寿江のはなをすする音がいたします、家庭的(!)でしょう。では今年のおしまい、ね。
そのときじいやのよろこびはまた格別かくべつ、『お二人ふたりうしておそろいのところると、まるでもと現世げんせもどったようないたしまする……。』そんなことってはなをすするのでした。
はじめさんは子供の間によく見かけるはなたらしの一人で、常にはな紙で拭うよりは早くその両袖を活用していたからである。大柄で色黒で団十郎のような大眼玉をしていた。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
友達もない、金もない、只、亀の子のように、のこのこ日向ひなたを歩きまわっている。まるで私は乞食のような哀れさだ。だれもめぐんでなんかくれない。はなもひっかけやしない。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
「さうだにはならしてるものげはやんねえことにすべえ」口々くち/″\揶揄からかつた。子供等こどもらは一せいはなすゝつてさうして衣物きものよこぬぐつた。しろかみが一まいづつ子供等こどもらまへひろげられた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
教室で咳をしたりはなをかんだりする者は一人もなかったから、放課の鐘がなるまでは、教室の中に人がいるのかいないのか、とんと分らないくらいだった、などとさも満足そうに
時々戸を開けてははなたれ顔で覗いたり、目をつぶって舌を出してみせたりした。
光の中に (新字新仮名) / 金史良(著)
世子がちょっとでも物を書かれた紙の反古は小姓が持ち下って、御火中という或る籠へ入れる。またはなをかむとか唾を吐くとかせられた紙は、これも持ち下って、御土中という籠へ入れる。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
新しく掘り動かされた墓穴のまわりの、狭い縁石に、三人ともひざまずいた。無言のうちに涙が流れた。オリヴィエはしゃくりあげていた。ジャンナン夫人はたまらなそうにはなをかんでいた。
「みんな尻からげを落せえ! たすきをとれえ! はなをすゝりこめえ!」
文化村を襲つた子ども (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
私の子は遊びをやめて、私のほうに真正面向いて、私の顔を仰ぎ見る。私も、子の顔を見下す。共に無言である。たまに私は、たもとからハンケチを出して、きゅっと子のはなを拭いてやる事もある。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
善三は、一生懸命に竹を削りながら、ずるずるっとはなをすすりあげた。
蜜柑 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
縊死くびくくりが楽だというけれどというので、いやですわ、はなを出すのがあるといいますもの、水へはいるのが形骸かたちを残さないで一番好いと思うと言いますと、そうかしら、薬をむのは苦しいそうだね。
江木欣々女史 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
お葉は、ちょっと、口をつぐんだ。袂から、塵紙を出して、はなをかんだ。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
それから幾度も幾度もはなをかみ、眼を拭いて、こう云うのだった。
寡婦 (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
うれしくてうれしくて吾はいくたびもはなをかむなりいひしにつつ
小熊秀雄全集-01:短歌集 (新字旧仮名) / 小熊秀雄(著)
はなたれの一人が、不服そうに遠くから呶鳴り返してきた。
蕎麦の花の頃 (新字新仮名) / 李孝石(著)
しくしくとはなをすすり始めた。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
と差配は、チンとはなをかむ。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
はなをかみなさい!」
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
私までが三人の子供の父親でもなければ医者でもなく、まだあの頃のはなっ垂らしのような錯覚が起ってきてならなかったのです。
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
喊声かんせいも、どよめきも、しいんとんでしまった。そして彼方此方の暗がりで、はなをすする声がながれた。手放しで泣いている兵もあった。
日本名婦伝:谷干城夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おなじ年明ねんあきを引摺り込むにしても、もう少し眞人間らしいのを連れて來ればいゝのに、權三の奴めも見かけによらねえはならし野郎だ。
権三と助十 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
それから彼は手の甲ではなをすすりあげ、大きな黒眼鏡の枠をゆすぶり直すと、両手を後に組んで、ぶらぶらと歩き出した。
お石はまた激しく泣きだし、泣きながら又五郎の手にすがりついた。——するとそこにもここにも、眼を拭いたり、はなをかんだりする音が聞えた。
おれの女房 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
彼は卓のナプキンではなをかみながら立ち上った。卓に紙屑をころがし、そのついでになに気なく赤革の手帖をつかむと、ポケットにすべりこませた。
赤い手帖 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
「じょ、冗談でしょう。お種はこちとらにはなも引っかけちゃくれませんよ。昔はそんな気になったこともありますが」
気性きしょうが単純で、むかっ腹がつよくて、かなり不良で、やせぎすで、背が高くて、しじゅう蒼み走った顔をしていて、すこしどもりで、女なんどはなもひっかけないで
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
はなが二本、長く垂れて目を赤くむいて生きて狂つてゐるやうにギラギラしてゐるのが見えたのである。
オモチャ箱 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
女は帯の間から桜紙をとり出し、それを唇でとってはなをかんでから、銀杏返しの両鬢をぐっと掻き上げた頸筋にだけ白粉の残っている横顔を伏せ、巻莨まきたばこをすい始めた。
(新字新仮名) / 宮本百合子(著)
そして膏薬を貼ってやり、手拭を裂いて繃帯ほうたいをしてやる間も、ナオミは一杯涙をためて、ぽたぽたはならしながらしゃくり上げる顔つきが、まるで頑是ない子供のようでした。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)