楼閣ろうかく)” の例文
旧字:樓閣
それを見ると、切角青山博士の詞を基礎にして築き上げた楼閣ろうかくが、覚束おぼつかなくぐらついて来るので、奥さんは又心配をし出すのであった。
かのように (新字新仮名) / 森鴎外(著)
りに両方の丘に久我之助の楼閣ろうかくと雛鳥の楼閣があったとしても、あんな風にたがいに呼応することは出来なかったろう。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そういうものは甚だ危ない。どうも非常な才智、非常な外交を以て随分一時を成効した例は沢山たくさんあるが、それはいわゆる砂上の楼閣ろうかくぐ破れてしまう。
外交の方針 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
私たちはくだる。赤い雌松めまつの五、六本をあしらった二重舞台の楼閣ろうかくが次第次第に白帝城の翠巒すいらんに隠れてゆく。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
だからこの画の筆者に遠近法の自覚があったとは言えまいと思う。本尊のうしろの左右にはシナ風の楼閣ろうかくがある。そのなかを侍女めいた天女が往き来している。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
見ると、楼閣ろうかく欄間らんまから飛びこんでいた一尺ばかりの蝙蝠こうもり、すでに秋のあつさもすぎているこのごろなので、つばさに力もなく、厨子ずしの板壁をズルズルとすべってきた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
デル・マンではありません。だから僕は君の作品において作品からマンの加減乗除を考えません。自信を持つということは空中楼閣ろうかくを築く如く愉快ではありませんか。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
併し気がつけば、夢中で拵えていたものは、ただ白昼の夢、空中の楼閣ろうかくに過ぎなくて、現実の彼は、見るも哀れな、その日のパンにも困っている、一介の貧乏書生でしかないのです。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
国内形勝の地に宏壮こうそう楼閣ろうかくを築いて夜宴やえんを張るものはまたこれ洋客といったような光景を見るのであろう。むかし市中の寄席に英人ブラックの講談が毎夜聴衆をよろこばしたことがあった。
仮寐の夢 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
紺碧こんぺきの空に、金銀の楼閣ろうかくや、ガラスのように透明なビルディングが燦然さんぜんと照り映え、モールを飾ったような緑の樹木や庭園の上には、植物園の花壇のように、とりどりの色の花が咲きみだれていて
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
唐代このかた、歴朝の帰依きえふかく、その勅額は、あけ楼閣ろうかくにも仰がれる。渓谷けいこくの空には、こけさびた石橋しゃっきょうが望まれ、山また山の重なる奥までも、十三層塔そうとうかすんで見えた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
振り返ると、おお何と典麗てんれいな白帝城であろう。蓊鬱おううつたる、いつも目に親しんで来たあの例の丘陵の上の、何と閑雅かんがいらか、白い楼閣ろうかく、この下手しもてから観るこの眺めこそは絶勝であろう。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
らし中には骨董品こっとうひんなどもあって今日でも百円二百円五百円などと云う高価なのがめずらしくない天鼓の飼桶には支那から舶載はくさいしたという逸品いっぴんまっていた骨は紫檀で作られこし琅玕ろうかん翡翠ひすいの板が入れてありそれへ細々こまごまと山水楼閣ろうかくりがしてあったまこと高雅こうがなものであった。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
塁濠るいごう宏大こうだい、天主や楼閣ろうかくのけっこうさ、さすがに、秀吉ひでよしを成りあがりものと見くだして、大徳寺では、筑前守ちくぜんのかみに足をもませたと、うそにも、いわれるほどなものはある。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いわゆる“祇園精舎ぎおんしょうじゃの鐘の声”とは、この辺の峰、山ふところなどの、朱門しゅもん楼閣ろうかくや堂塔の繁昌を思わせるものだが、若いこの一僧の姿には、みじんの装飾もない、仏臭ほとけくささもない。
すこし身を横にかがませて、暁天ぎょうてんやみをすかしたふたりは、なるほど、よくよくひとみをこらして見ると、忍剣のいうとおり楼閣ろうかくの三階目に、うす黒い影が立っているような気がした。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何となれば、すでにいつか離反の火を噴く危険をはらんでいる三木城なのだ。おことが上手に口舌で彼等を服させた功はおろそかに思わんが、中国経営の大業が、砂上の楼閣ろうかくであってはならぬ。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)