朱塗しゅぬり)” の例文
歓楽の中に眼を覚したガラッ八は、朱塗しゅぬり欄干らんかんをめぐらした廻廊に船をつけさせ、女達の手車で二階の座敷の上に導かれました。
提灯の前にすくすくと並んだのは、順に数の重なった朱塗しゅぬりの鳥居で、優しい姿を迎えたれば、あたかもくれないの色を染めた錦木にしきぎの風情である。
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ザアッと湯の波にさからって、朱塗しゅぬり仁王におうの如く物凄く突っ立った陽吉が、声を限りに絶叫したとき、浴客ははじめて総立ちになって振返った。
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
朱塗しゅぬり広蓋ひろぶたへ、ゆうべの皿小鉢や徳利をガチャガチャさせて、またそこへ、だらしのない女が二階から持って降りてくる。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
朱塗しゅぬり不動堂ふどうどうは幸にして震災を免れしかど、境内の碑碣ひけつは悉くいづこにか運び去られて、懸崖の上には三層の西洋づくり東豊山とうほうざんの眺望を遮断しゃだんしたり。
礫川徜徉記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
正面には一段高い所があって、その上に朱塗しゅぬり曲禄きょくろくが三つすえてある。それが、その下に、一面に並べてある安直な椅子いすと、妙な対照をつくっていた。
葬儀記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
彼女は産に間もない大きな腹を苦しそうに抱えて、朱塗しゅぬり船底枕ふなぞこまくらの上に乱れた頭を載せていた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
大きな朱塗しゅぬりの獅子は町の若者にかつがれて、家から家へと悪魔をはらって騒がしくねり歩いた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
これも半白はんぱくの頭で襤褸ぼろの著物の下に襤褸のはかまをつけ、壊れかかった朱塗しゅぬりの丸籠を提げて、外へ銀紙のお宝を吊し、とぼとぼと力なく歩いて来たが、ふと華大媽が坐っているのを見て
(新字新仮名) / 魯迅(著)
朱塗しゅぬりの大きな柱が並木のように並んでいた。彼は東側の廻廊から西側の廻廊へ廻ってみた。その西側の廻廊の往き詰めにうす暗い陰気なへやの入口があった。彼は好奇ものずきにその中をのぞいてみた。
牡丹灯籠 牡丹灯記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
沖縄の漆器もその堆金ついきん沈金ちんきんで名があり、また朱塗しゅぬりで眼を惹くものがありました。この技は新しい発展も試みられましたが、やはり在来の伝統的な作の方に、ずっと美しいものがありました。
沖縄の思い出 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
夜目には縁も欄干らんかん物色うかがわれず、ただその映出うつしだした処だけは、たとえば行燈の枠のげたのが、朱塗しゅぬりであろう……と思われるほど定かに分る。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
取出したのを見ると、虞美人草ぐびじんそうのような見事な朱塗しゅぬり、紫の高紐たかひもを結んで、その上に、いちいち封印をした物々しい品です。
府下ふか世田せた松陰神社しょういんじんじゃの鳥居前で道路が丁字形に分れている。分れた路を一、二町ほど行くと、茶畠を前にして勝園寺しょうえんじという匾額へんがくをかかげた朱塗しゅぬりの門が立っている。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
重喜しげよしの身の廻りの物を運ぶ侍女こしもとたちや、潮除しおよけの幔幕まんまくを張りめぐらす者や、かいをしらべる水夫楫主かこかんどり、または朱塗しゅぬりらんの所々に、槍お船印ふなじるしの差物を立てならべるさむらいなどが
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そばに、手ごろな朱塗しゅぬりの棒まで添えてあるから、これで叩くのかなと思っていると、まだ、それを手にしないうちに、玄関の障子しょうじのかげにいた人が、「どうぞこちらへ」と声をかけた。
野呂松人形 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
山門の前五六間の所には、大きな赤松があって、その幹がななめに山門のいらかを隠して、遠い青空までびている。松の緑と朱塗しゅぬりの門が互いにうつり合ってみごとに見える。その上松の位地が好い。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
長方形の印度更紗いんどさらさをかけたたくがあってそれに支那風しなふう朱塗しゅぬりの大きな椅子いすを五六脚置いたへやがあった。さきに入って往った女は華美はで金紗縮緬きんしゃちりめんの羽織の背を見せながらその椅子の一つに手をやった。
蟇の血 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
一処ひとところ大池おおいけがあつて、朱塗しゅぬりの船の、さざなみに、浮いたみぎわに、盛装した妙齢としごろ派手はでな女が、つがい鴛鴦おしどりの宿るやうに目にとまつた。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
朱塗しゅぬり螺鈿らでんほどこした美しいさやまで添えてありますが、御殿勤ごてんづとめの女中などの持った品らしく、あぶらが乗って曇ってはおりますが、作はなかなか良いものです。
その女達は、伊万里赤絵町いまりあかえまちから、かわるがわる四、五人ずつ呼んでおく港の遊女で、朱塗しゅぬりかご山峡やまあいを通る日は、いた女が返されて、次ぎのみめよい女がえらばれてくる日だ。
増長天王 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
石燈籠いしどうろうや、石橋や、朱塗しゅぬり欄干らんかんにのみ調和する蓮の葉は、自分の心と同じよう、とうてい強いものには敵対する事の出来ない運命を知って、新しい偉大な建築の前に、再び蘇生そせいする事なく
曇天 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
燃えるようにちらちら咲いて、水へ散っても朱塗しゅぬりさかずきになってゆるゆる流れましょう。海も真蒼まっさおな酒のようで、空は
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
朱塗しゅぬりはこは、騒ぎが一段落済むまで平次が預かり、親の三右衛門がお町に大事を託した心持をくんで、勘当されたせがれの三之助を石井家へ入れてやろうとしましたが
と、うしろの床の間から、朱塗しゅぬり狛笛こまぶえを取って、ここへ——という目でさしまねきました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平和の克復したこの後の時代にジャズ模倣の名手として迎えらるべき芸人の花形は朱塗しゅぬりの観音堂を見たことのないものばかりになるのである。時代は水の流れるように断え間なく変って行く。
草紅葉 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その打囃うちはやす鳴物が、——向って、斜違すじかいの角を広々と黒塀で取廻わした片隅に、低い樹立こだちの松をれて、朱塗しゅぬりの堂の屋根が見える、稲荷様いなりさまと聞いた、境内に
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
俺に万一のことがあったら、用箪笥ようだんすの中の朱塗しゅぬり手筐てばこを、中味ごとそっと妻恋坂の倅へ届けてくれ。その中には諸大名を始め、江戸中の大商人に貸した金の証文が一杯入っている。
あるいはまた麻布広尾橋あざぶひろおばしたもとより一本道のはずれに祥雲寺しょううんじの門を見る如き、あるいは芝大門しばだいもんへんより道の両側に塔中たっちゅうの寺々いらかを連ぬるその端れに当って遥に朱塗しゅぬりの楼門を望むが如き光景である。
場所も薔薇ばらの花のさかんな中へ取って、朱塗しゅぬりらちも結ってある、日給は一日三円、十月とつきの約束でどうだという。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この図中に見る海鼠壁なまこかべの長屋と朱塗しゅぬり御守殿門ごしゅでんもんとは去年の春頃まではなかば崩れかかったままながらなお当時の面影おもかげとどめていたが、本年になって内部に立つ造兵廠の煉瓦造が取払われると共に
その身体からだの色ばかりがそれである、小鳥ではない、ほんとうの可愛らしい、うつくしいのがちょうどこんな工合に朱塗しゅぬりの欄干のついた二階の窓から見えたそうで。
化鳥 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)