木賃宿きちんやど)” の例文
それに木賃宿きちんやどのねどこのどんなにかたいことであろう。(もう二度とアーサとも遊べないし、その母親のやさしい声も聞くことはできない)
宿屋というても木賃宿きちんやどで本当の宿屋はチベットには一軒もない。ヤクのふんを貰ったその賃を払うだけですから糞賃宿ふんちんやどというてもよいです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
ここにも、そこにも、ふらふらと、春の日をうちへ取って、白くひともしたらしく、真昼浮出てもうと明るい。いずれも御泊り木賃宿きちんやど
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それは長三郎の近所の獣肉屋ももんじいやへときどきに猿や狼を売りにくる甲州辺の猟師が、この頃も江戸へ出て来て、花町はなまち辺の木賃宿きちんやどに泊まっている。
半七捕物帳:18 槍突き (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
暗い木蔭こかげのベンチなどを一つ一つ覗き廻って見たり、浮浪人が泊り相な本所あたりの木賃宿きちんやどへ、態々泊り込んで、そこの宿泊人達と懇意こんいを結んで
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
米友は身分相応な木賃宿きちんやどかなにかを求めているのだが、それに合格するのがついに見出せないで、浜松の城下をほとんど通りつくしてしまいました。
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
彼はかく労働している間、その宿所は木賃宿きちんやど、夜は神田の夜学校に行って、もっぱら数学を学んでいたのである。
非凡なる凡人 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
この木賃宿きちんやどには、べつに大人おとな乞食こじきらがたくさんまっていました。そして、かれらは、そのいくらもらってきたかなどと、たがいにはなっていました。
石をのせた車 (新字新仮名) / 小川未明(著)
どこへ行っても木賃宿きちんやどばかりの生活だった。「お父つぁんは、家を好かんとじゃ、道具が好かんとじゃ……」
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
木乃伊ミイラの爺さん一杯機嫌らしく、片肌を脱いで二の腕を曲げて見せると、真四角い木賃宿きちんやどの木枕みたいな力瘤ちからこぶが出来た。指でさわってみると鉄と同じ位に固い。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
外郎売は、さがしていた、その眼を避けるように、船から降りた田舎娘は、一軒の木賃宿きちんやどへついとかくれた。
篝火の女 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ふみ子さん、僕は本当に真剣に運動するために木賃宿きちんやど這入はいりたいと思うんですが、あなたはどうです」
年をるにしたがって曖昧あいまいになり、その後に知った木賃宿きちんやど主人あるじや、泊まり合わして心安くなった旅芸人の老人なぞの顔とごっちゃになり、まったく記憶の外に逃げ去って
抱茗荷の説 (新字新仮名) / 山本禾太郎(著)
木賃宿きちんやど、其れ等に雨雪をしのぐのは、乞食仲間でも威張いばった手合で、其様な栄耀えいようが出来ぬやからは、村の堂宮どうみや、畑の中の肥料こやし小屋、止むなければ北をよけたがけの下、雑木林の落葉の中に
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
縁があって手前てめえの死んだ母親おふくろと夫婦になって、手前と云う子も出来て、甲州屋という、ま看板を掛けて半旅籠はんはたご木賃宿きちんやど同様な事をして、何うやら斯うやら暮している事はみんなも知っている
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
せっかくの好意で調ととのえてくれる金も、二三日にさんち木賃宿きちんやどで夜露をしのげば、すぐ無くなって、無くなった暁には、また当途あてどもなく流れ出さなければならないと、冥々めいめいのうちに自覚したからである。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それからは三人が摂津国屋を出て、木賃宿きちんやど起臥おきふしすることになった。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
木賃宿きちんやどかな
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
ほそふえで、やがて木賃宿きちんやど行燈あんどうなかえるのであらうと、合點がつてんして、坂上さかがみやゝものひがおだやかにつたのである。
三人の盲の話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
わたしたちはいつも上等な宿屋やどやにとまったことはなかった。たいてい行っても追い出されそうもない、同勢どうぜいのこらずとめてくれそうな木賃宿きちんやどを選んだ。
そのまち木賃宿きちんやどまったときに、父親ちちおやは、子供こどもを、らぬおとこおんなまえして、なにかいっていました。
けしの圃 (新字新仮名) / 小川未明(著)
外の団員達も、それぞれ木賃宿きちんやどとか、遊廓ゆうかくとか泊り場所が分っていて、残らずアリバイが成立した。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
乗合い客の中には、明日あしたの米の買えない者もいた。暗い顔を持って京の女衒ぜげんの家へ娘を売りにゆく者もいた。その日その日、木賃宿きちんやどで疲れては眠る旅商人あきんども交っていた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこで、母と小林とはこっそり相談をしたのであろう、ある夜私達は家財道具のありったけをてんでに背負って夜逃よにげをした。落ちついたさきは、ずっと場末ばすえ木賃宿きちんやどだった。
鐘撞堂新道かねつきどうしんみちに巣を食う大道芸人の一群。その仲間が自ら称して道楽寺の本山という木賃宿きちんやど
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
遠国の者ではあり、下谷あたりの木賃宿きちんやどにころがっている宿無し同様の人間ですから、死ねば死に損で誰も詮議する者もない。心柄とは云いながら、ずいぶん可哀そうな終りでした。
半七捕物帳:21 蝶合戦 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
明日はカフエーでも探して、母を木賃宿きちんやどにでも連れて行こうと思う。あったかいシュウマイを風呂敷に包んで母の下腹に抱かせる。しんしんと寒いので、私は木切れを探しては燃やす。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
わたしはまもなくオテル・デュ・カンタルに着いた、オテル(旅館)というのは名ばかりのひどい木賃宿きちんやどであった。
美しいひとと若い紳士の、並んで立った姿が動いて、両方木賃宿きちんやどの羽目板の方を見向いたのを、——無台が寂しくなったため、もう帰るのであろうと見れば、さにあらず。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そこは、ちょっとした宿場はずれの、木賃宿きちんやどとも思われるほどの宿屋の軒下であります。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
少年しょうねんは、そのおもいもらぬたくさんなかねを、人々ひとびとからもらいました。そして、日暮ひぐれに木賃宿きちんやどかえってきてまりました。かれは、ほかにいってまるところがなかったからです。
石をのせた車 (新字新仮名) / 小川未明(著)
日が暮れたら、木賃宿きちんやどでも捜すつもりだったが、ふと町角の貼り紙に「職業を求める方はお出で下さい」とあるのを見つけ、探して行くと、相生あいおい町二丁目の裏通りに、その家があった。
宿といっても東京の木賃宿きちんやど見たいなもので、それに食物もさしみの外のものはまずくて口に合わず、随分淋しい不便な所ではありましたが、その私の友達というのが、私とはまるで違って
赤い部屋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
かれは本所の木賃宿きちんやどに転がっていて、お元から強請ゆする金を酒と女に遣い果たすと、すぐに又お鉄をよび出して来た。お元も嫁の身の上で、店の金銭を自分の自由にするわけにはゆかなかった。
半七捕物帳:37 松茸 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
木賃宿きちんやどにあるものは、みんなバルブレンのおっかあのうちのと同様にごりごりしていた。
己はこのうらみをはらすまでは、警察の手を逃れたいと、下宿に帰らないで木賃宿きちんやどに泊っていた。貴様のすべっこい頬っぺたに、短刀を突込んで、グリグリかき回してやることばかり考えていた。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
両国の木賃宿きちんやどで別れてから時々便りのあるはずなのが更にありません。
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
てめえみたいな小僧は、とても当り前な武芸者や道場では、弟子にしてくれる筈がねえ。あの木賃宿きちんやどにいる人なら、弱いので評判だ。てめえには、ちょうどいい師匠だから、荷持ちに使って貰えッて……。餞別せんべつにこの木剣を
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「一旦は逃げましたが、五、六日の後に深川の木賃宿きちんやどで挙げられました。お鎌は竜濤寺に隠してある金に未練が残っていて、ほとぼりの冷めた頃に又さがしに行く積りであったそうです。悪党のくせに、よくよく思い切りの悪い奴で、そこがやっぱり女ですね」
わたしはバルブレンがせんに住んでいた場所の名をいろいろ紙に書きつけておいた。それを一つ、一つ、たずねて行った。ある木賃宿きちんやどでは、かれは四年前そこにいたが、それからはいなくなったと言った。