手跡しゅせき)” の例文
伯父秋月は容易に油断をしないから、神原の方へ引込まれるような事もあるまいが、何の文だろう、何者の手跡しゅせきだか頓と分らん、はてな。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
という意味がこの手紙の書きだしで、流麗りゅうれいな女の手跡しゅせきが、順にほぐれゆくに従って、万吉の眼底異様な光を帯びてきた。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大身というのではありませんが、二百五十石ほどの家柄で、持明院流の字をよく書くところから、前に云ったように手跡しゅせき指南をすることになりました。
三浦老人昔話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
三階の棟柱むなばしらには、彼女の夫の若かった時の手跡しゅせきで、安政三年長谷川卯兵衛建之——と美事みごとな墨色を残している。
その上に書いてある字が女の手跡しゅせきらしい。野々宮君は思う物を捜しあてなかったとみえて、もとのとおりの手を出してぶらりと下げた。そうして、こう言った。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
御当人の学力というものがはなはだ怪しいもので、師範学校を出たり、検定試験を受けたりして免状を持っているというわけではなし、お松さんのように遊芸手跡しゅせき
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
残る五人の子のうちで、十二歳の陸、六歳の水木、五歳の専六はもう読書、習字を始めていた。陸や水木には、五百が自ら句読くとうを授け、手跡しゅせきは手をって書かせた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
常夜灯の下へ行って、紙きれをかざして見れば、まずその一枚には、見おぼえのある愛児信雄君の手跡しゅせきで、つぎのようなおそろしい、手紙がしたためてありました。
妖怪博士 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
平次は手に取って眺めて、その打ちふる手跡しゅせきの間から、不思議な強迫観念におののく宗方善五郎の恐怖を覗くような気がして、言いようのない不気味なものを感ずるのでした。
何時いつ書きしものかわからねど、ふるえた手跡しゅせきに鉛筆での走り書きで一通は、師匠の私へ宛てた今日きょうまでの普通の礼を述べた手紙で、なお一通のはすなわちこの父親に残したものであった
二面の箏 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
阿父おとっさん書家しょか樵石しょうせき先生だけに、土肥君も子供の時から手跡しゅせき見事に、よく学校の先生にめられるのと、阿父が使いふるしの払子ほっすの毛先をはさみ切った様な大文字筆を持って居たのを
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
近頃四谷に移住うつりすみてよりはふと東坡とうばが酔余の手跡しゅせきを見その飄逸ひょういつ豪邁ごうまいの筆勢を憬慕けいぼ法帖ほうじょう多く購求あがないもとめて手習てならい致しける故唐人とうじん行草ぎょうそうの書体訳もなく読得よみえしなり。何事も日頃の心掛によるぞかし。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
しかし、そこにかれが見いだしたものは、つめたいたたみの上にぴったりとくっついている一枚の葉書にすぎなかった。しかもそれは、ひろいあげて見るまでもなく恭一の手跡しゅせきだったのである。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
「それがね、まるで手懸りがないというのです。紙はありふれた半紙だし、封筒も茶色の一重の安物で、目印もなにもない。刑事は、手跡しゅせきなども一向特徴がないといっていました」
黒手組 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その経歴が芸妓となったり、妾となったりした仇者あだものであったために、多くそうした仲間の、打解けやすい気易きやすさから、花柳界から弟子が集った。彼女は顔の通りに手跡しゅせきも美しかった。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
平次はお品の手から手紙を受取りましたが、見覚えのある手跡しゅせきではありません。
數「其の方の手跡しゅせきだから宜しい、さ是から庭へ出て敵討かたきうちだ/\」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
手跡しゅせきはまだわかい人らしい。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
先生は色の黒い菊石面あばたづらで、お媼さんは四角い白っちゃけた顔の、上品な人で、昔は御祐筆ごゆうひつなのだから手跡しゅせきがよいという評判だった。御新ごしんさんはまだ若くって、可愛らしい顔の女だった。