戸帳とばり)” の例文
かまちがすぐにえんで、取附とッつきがその位牌堂。これには天井てんじょうから大きな白の戸帳とばりれている。その色だけほのかに明くって、板敷いたじきは暗かった。
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
三階にあがる。部屋の隅を見ると冷やかにカーライルの寝台ねだいよこたわっている。青き戸帳とばりが物静かに垂れてむなしき臥床ふしどうち寂然せきぜんとして薄暗い。
カーライル博物館 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
此の時此の家の奥の室とも云う可き所にあたる一つの窓の戸帳とばりを内からさっと開いた者が有る、何でも遽しい余の馬の足音に驚き何事かと外を窺いた者らしい、併し其の者
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
しか流石さすがたたき起して毛布ケットを奪い返えすまでに、自分も従容しょうようと寝てはいられないのである、石で風を抑えた戸帳とばり代りの蓆一枚が、くられもしないのに、自分の枕許まくらもとに、どこよりともなく
奥常念岳の絶巓に立つ記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
目を上げて見ると、見渡す限り、山はその戸帳とばりのような色になった。が、ややつややかに見えたのは雨が晴れた薄月の影である。
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
倫敦塔の歴史は英国の歴史をせんじ詰めたものである。過去と云うあやしき物をおおえる戸帳とばりおのずと裂けてがん中の幽光ゆうこうを二十世紀の上に反射するものは倫敦塔である。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「しっかりして、お聞き、恐くはないから、私が居るから、」と謙造は、自分もちょいと本堂の今はけむりのように見える、白き戸帳とばりを見かえりながら
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
登り詰めたるきざはしの正面には大いなる花を鈍色にびいろの奥に織り込める戸帳とばりが、人なきをかこち顔なる様にてそよとも動かぬ。ギニヴィアは幕の前に耳押し付けて一重向うに何事をかく。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
格子をれて古代の色硝子いろガラスかすかなる日影がさし込んできらきらと反射する。やがて煙のごとき幕がいて空想の舞台がありありと見える。窓の内側うちがわは厚き戸帳とばりが垂れて昼もほの暗い。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
やがてわが部屋の戸帳とばりを開きて、エレーンは壁にる長ききぬを取りいだす。燭にすかせば燃ゆる真紅の色なり。室にはびこるよるんで、一枚の衣に真昼の日影を集めたる如くあざやかである。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)